3度にわたり白血病の診断を受け、一時は余命1年と宣告されたサバイバーの男性が、骨髄バンクのドナー(提供希望者)登録を呼びかける活動をしている。ベッドの上で病魔と闘いながら骨髄移植を待ち続けた経験から、啓発グッズを手作りして「骨髄バンクがもっと普及し、多くの人の命を孫の代、ひ孫の代へとつないでほしい」と願っている。
かんたん検索! 岐阜県・東海のイベント お出かけ情報総合サイト「ぎふっと!」男性は岐阜県大垣市に住む坂下利光さん(69)。運送会社で自動車整備士として働いていた2008年、「成人T細胞性白血病リンパ腫」と診断され、余命1年の宣告を受けた。治験の薬の効果で一時は回復したが、11年に再発。抗がん剤治療を受けながら骨髄移植のドナーが現れるのを待った。
■ドナーは現れなかった
「真っ暗なトンネルの中にいる気分で、夢も希望も全部なくした」。ベッドの上で移植を待ち続けたが、ドナーは現れなかった。後に適合者は1人いたが、手術は断られたと知った。
絶望の日々にいた坂下さんだが、抗がん剤が効いて体調は回復、半年後に退院した。治療に感謝する一方、「自分は世のため、人のために何もしてこなかった」と考え、ホームレスや自殺未遂者の支援団体、骨髄バンクなどに寄付を続けた。会社を定年退職した後は老人ホームで働き、自動車整備で培った技術を生かし、孫の手などを作って配った。
■自分にできることは何か
「もう大丈夫だろう」。ちょうど体調への自信を取り戻し始めた20年ごろ、腹部や首がはれ、またしても再発が見つかった。坂下さんは改めて「自分にできることは何か」を考え、ドナー登録を推進するため、啓発グッズの手作りを思いついた。決意を後押しするように治験の経過は良好で「本当に運が良かった」。坂下さんは感謝の気持ちを込めてグッズの手作りを始めた。
啓発グッズは、孫の手ならぬ「ひ孫の足」と名付けた靴べら。知人から竹を譲り受け、靴に差し込む部分を足の形にしたり、持ち手をハート型にしたりと少しずつ改良を重ね、商標登録もした。手にした人の目に留まるよう、表面に「つながる命 骨髄バンク」と印字し、バンクの電話番号も記した。
これまで約350本を配り、今も制作を続ける日々だ。「ドナー登録が増え、自分と同じように苦しんでいる人が1人でも多く救われたら」
■ドナー高齢化、若年層の登録不可欠
日本骨髄バンクによると、新型コロナウイルスの感染拡大で新規ドナー登録は一時激減したが、現在は回復傾向にあり、今年5月末現在の登録者数は54万5千人を超す。ただ、ドナーが55歳で登録抹消となる中、登録者数の最も多い年代は46~50歳で、高齢化が進んでいる。数年後には大幅に登録者が減ることが見込まれるため、十分な移植を実施するためにも移植成績の良い若年層(39歳以下)の登録が不可欠という。
担当者は「移植手術には8日ほど必要だが、休暇が取れないために手術に踏み切れず、断る登録者は多い。市町村の補助制度もあるが、まずは企業がドナー休暇制度を設け、休みやすい環境を整えてほしい」と期待する。
日本で初めて非血縁者間の骨髄移植手術を受けた元ドナーで、全国骨髄バンク推進連絡協議会理事長の田中重勝さん(74)=岐阜県大垣市=も「若い世代の登録を増やすことは全国的な課題。国際的には一般的な、口腔(こうくう)内の検体採取だけで登録ができるスワブ検査の導入も急がれる」と訴える。












