1972年の県内成人式の様子を伝える岐阜日日新聞

 10日は「成人の日」。この連休には二十歳になった若者たちを祝い、各地で成人式が開かれる。それは代々続く通過儀礼。50年前にもあったわけだが、当時の成人式はどんな内容だったのだろう。1972(昭和47)年の様子を本紙(当時岐阜日日新聞)の記事で振り返った。70歳になった世代の成人式だ。

 まずは、今年の成人式。岐阜県によると、今年の対象者は県内で2万1283人。記念行事は市町村ごとに、新成人の宣言や恩師の言葉、思い出のビデオ上映などのほか、式典のオンライン配信、ヘリコプターで郷土遊覧飛行、タイムカプセル開封、和太鼓演奏といった特色ある催しも。

 では50年前は-。当時の記事によると、72年の対象者は3万4984人。成人式の“問題点”として「式典のマンネリ化」が指摘されていたようで、ただ式典を開くだけでなく各地で趣向を凝らした催しが行われた。特に、フォークダンスとキャンドルサービスが人気だった。

 岐阜市では「フォークダンスのつどい」があり、洋服姿の新成人が「軽快なリズムに乗ってステップを楽しんでいた」。美濃加茂市では「希望のともしび」と銘打ったキャンドルサービスを展開。高山市ではフォークダンスとキャンドルサービスの両方が行われた。

 「堅苦しい式典はやめよう」と提案したのは、旧上石津町(現大垣市)。新成人約100人がバス2台で滋賀県の多賀大社を参拝した帰り、「関ケ原ボウリング」に寄って「町長や若者が一緒になってボウリングを楽しんだ」。

 神社参拝は、この当時はよく見られたようで、現関市の旧武芸川町と旧上之保村が伊勢神宮、旧武儀町は多賀大社を訪れたと記事に書かれている。

 また、自主性を重んじる風潮の広がりから、式典に着ていく服装も議論になっていたといい、カメラが捉えた新成人は洋服姿がほとんど。土岐市では対象者705人中「晴れ着姿はわずか2人」だった一方、大垣市では「“成人式には簡素な服装で”-との呼び掛けもどこ吹く風。会場は和服姿の女性が目立ち、華やいだ雰囲気がいっぱい。いつもながらの成人式風景」だったと報じている。

 今年の新成人が70歳になるころは、式典の雰囲気もまた変わっていそうだ。