6月27日、東京・最高裁前。生活保護基準額の引き下げを違法と断じた判決を聞き、目を潤ませながら法廷から出てきた原告や弁護士を、数十人の支援者らが出迎えた。「逆転勝訴」などと記した垂れ幕が何本も掲げられる中で喜びを分かち合い、涙した。
一方、事実上の「逆転敗訴」となった厚生労働省。対応を検討するため有識者による専門委員会を立ち上げたのは、それから1カ月半後だった。
これまでに4回の会合が開かれた。2回目の会合で参考人として出席した2人の原告は、月数千円の引き下げが生活保護利用者の暮らしに多大な影響を及ぼしたとして、本来は受け取れるはずだった引き下げ分をさかのぼって支給する「遡及(そきゅう)支給」を行うよう、切々と訴えた。
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生活保護の利用が中断期間を挟んで計15年ほどになる岐阜市の柿塚政茂さん(78)=仮名=は、自宅のテレビで勝訴の判決を知った。「どうして引き下げる必要があったのか」。怒りを抱きながらニュースを眺めた。引き下げがあった期間は、柿塚さんの利用時期と重なる。
網膜症を患った影響から仕事を辞めざるを得なくなり、不安の中で生活保護を申請したのが04年。「これでもバブルの頃は人並みに稼いでいたから。落差がね」。外食はしない。いつしか100円以下になった菓子パンをいくつも買い込んで、棚に積んでおくのが習慣になった。
引き下げは柿塚さんが65歳を過ぎ、年金受給者になった後の動きだった。年金を受給している場合は、生活保護の基準額から年金を差し引いた額が保護費として支給される。年金支給額が1カ月当たり9万円ほどの柿塚さんの場合、その差額は数千円。岐阜市の生活保護の基準額を年金がわずかに下回るため利用を維持できているが、逆に「違法」な引き下げがなかったら数千円多く受け取れていたかもしれない。「たったの数千円でも、自分たちにとっては大きな違いになる」
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今回の判決を受け、柿塚さんのようなケース以外でも追加支給の必要性が指摘されている。およそ10年前、年金受給額がわずかに基準額を上回り、本来は利用できた保護費や医療扶助などを受けられなかった高齢者たちのケースだ。
当時、十分に食べることができていたか。病院に行くことをためらってはいなかったか-。違法な引き下げの影響は、生活保護の利用者だけでなく、年金が少ない人など周辺の困窮者にも及んでいた可能性がある。歴史的判決から3カ月。原告らが国に求めた謝罪は、いまだにない。
利用の中断期間がある柿塚さんも含め、差額を受け取れるかは不透明だ。明治大専門職大学院ガバナンス研究科の大山典宏専任教授(公的扶助論)は「記録の保存期間は自治体ごとに異なる。仮に3年にしていると柿塚さんのケースは記録がなく、追加支給できない恐れがある」と指摘する。当時、生活保護の利用と廃止を繰り返していたり、複数の自治体を転々としたりしていたような路上生活者のケースもあり得る。当時の利用者は全国に200万人以上いたとみられるが、大山専任教授は「公平性が失われないよう、どう手続きを進めるか…」と議論の行方を案じる。国が敗訴した影響は、とてつもなく大きい。
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歴史的な判決を契機に、改めて関心が集まった生活保護。人々の孤立が社会をむしばむ中で、権利擁護とセーフティーネットの在り方を考える。
(この連載は山田俊介、坂井萌香が担当します)
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