「僕らは文句を言えない身分なんですけど」。昨年2月から生活保護を利用し始めた岐阜市の海野輝隆さん(65)=仮名=は、遠慮がちに目を伏せながらも、とつとつと自身の窮状を訴え始めた。近年の物価高に翻ろうされながら、市中心部のアパートで独り暮らす。昨年は野菜や卵の価格が高騰して、好物の煮物を作るのを諦めるようになった。
そしてコメ。スーパーや薬局から突然消えた主食を何店舗も探し歩き、やっと見かけるようになったかと思えば、買い物へ行くたび値段が上がっていく。「今年の4月ぐらいやったか、5キロが3千円台で売っていたのを、たまたま見つけて買ったのが最後。4千円台に乗ってからは、とても手が出せん」。2合炊きの炊飯器から炊きたてを盛って冷凍し、小分けにした茶わん1杯分のご飯は「たまのぜいたく」。普段はスーパーで半額になったうどんなどの袋麺でつなぎ、併せて買う1パック300円ほどの総菜は、一度の買い物で2個までと決めている。
10年ほど勤めた製造業を母の介護で辞めざるを得なくなり、みとった後で再就職を試みた頃には40代になっていた。非正規雇用や派遣の仕事を転々とする中で妻子は自分の元から去っていき、2人のきょうだいとも疎遠になった。借金の返済がおぼつかなくなった暮らしに物価高騰が追い打ちをかけ、生活保護を利用し始めた。「つながっとった人とは、みんな離れ離れになってしまった。誰かを恨みたい気にもなるけど、一体何を恨んだらいいのか、もう分からん」
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県が各自治体に対して行う監査に関する資料をひもとくと、物価高騰のしわ寄せが困窮世帯に及んでいる状況が見て取れる。
大垣市では、人口100人当たりの生活保護の受給率(保護率)が2023年度から24年度にかけて0・05ポイント上がった。上昇幅は県内自治体で最も大きく、利用者は前年度比で79人増えた。23年度の資料には、その要因として「物価高騰」が明記され、「今後の動向を注視していく必要がある」。24年度はこれに加えて「先行きが見通せない状況が続いているため、受給者への就労支援や求職活動において困難な状況が続くと想定される」と記された。
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一方で、保護率が1%を超えているのは、県内では岐阜市の1・43%だけだった。生活保護利用者の人数で見ても5729人と、2番目に多い各務原市の0・58%、836人とも大きな開きがあった。
岐阜協立大の高木博史教授(社会福祉学)は、低家賃のアパートや公営住宅の選択肢が多い地域に、生活保護の利用者が偏在する特徴を指摘。岐阜市に利用者が多い要因として、「社会資源が少ない地域が、資源のある地域へ住まいに困っている人を押しつけている構図がある」と分析する。
確かに、県の認可を受けて住まいの確保を手助けする「居住支援法人」は県内に18法人あるが、このうち半数が岐阜市を拠点にしている。また、入居者の生活保護費を徴収して簡易住居を貸し付ける「無料低額宿泊所」も、県内では岐阜市にしかなかった。高木教授は「都市部の背後では格差が広がっている。社会のそんな側面にも目を向けたい」と話す。
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物価高騰が暮らしを圧迫する中、最後のよりどころである生活保護制度は、命綱として機能しているのか。私たちのまなざしに、温もりはあるのか。困窮者を取り巻く社会のこれからを考える。
(この連載は山田俊介、坂井萌香が担当します)
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