帝京大可児の田口聖記監督(57)は、惜しくも甲子園出場はならなかったが、2022年と2025年の2度、夏の岐阜大会で決勝に進むなど同校を県内強豪に育てた。以前、指揮をとった豊川でも2年連続で激戦の愛知大会で準優勝。特に投手育成には定評があり、豊川では森福允彦(元ソフトバンク、巨人)、帝京大可児では加藤翼(元中日)、加藤大和(日本ハム)、昨夏、優勝候補を次々なぎ倒した準V投手の富田櫂成などを育てた。原点は、母校の名門中京大中京の守備を中心に機動力を駆使した野球。田口監督ならではのチームづくりや投手育成のこつなどを聞くインタビューの第1回は野球との出会い。小学生から高校、大学までの歩みについて聞いた。
田口聖記(たぐち・まさき) 1968年、名古屋市生まれ。中京大中京高(愛知、当時中京高)から名城大に進み、4年時に主将。社会人野球のシダックスでも初代主将。ポジションは主にショート。99年4月から豊川高(愛知)の監督を務め、2003年から2年連続で森福允彦投手(元ソフトバンク―巨人)を擁し、夏の愛知大会で準優勝。10年から4年間、新城東高校作手校舎で野球部を立ち上げ、ボランティアで監督。14年10月、帝京大可児監督に就任。22年と25年に夏の岐阜大会で準優勝。投手育成に定評があり、同校では加藤翼(元中日)や加藤大和(日本ハム)らをプロ野球に送り出している。
―野球との出会いは。
田口 名古屋市瑞穂区の生まれで、「瑞穂ラグビースクール」というところでラグビーをしていた。野球を始めたのは、小学校3、4年生。家の隣に多治見工で春夏甲子園に出場した元ドラゴンズの投手・河村保彦さんが住んでいて、息子の尚二が同級生で幼なじみだった。息子もピッチャーで、キャッチボールの相手をするなど、一緒に野球をやらないかと誘われて、「名古屋平針HBC少年野球クラブ」に入った。今、尚二が代表を務めている。
最初はキャッチャーだったが、ショートやセンターをやった。尚二がエースで、自分は1番くらい。6年の時に全国大会に出場した。週末は平針HBCで野球をしていたが、平日は小学校のクラブで活動し、ここでも名古屋市で2位になった。
―高校は名門の中京大中京(当時中京)ですよね。どんな選手でしたか。...









