太平洋戦争の激戦地となった硫黄島での遺骨収集について語る戦争遺児の吉沢登志江さん=11日午後、東京都千代田区

 日本遺族会は11日、太平洋戦争の激戦地・硫黄島で遺骨収集に参加した戦争遺児による講話会を東京都千代田区で開いた。入り口付近に焼かれた跡が残る島内の壕の階段で、両手を上に伸ばした状態の遺骨を見たという吉沢登志江さん(83)=茨城県石岡市=は「逃げきれず助けを求めたのだろうか。言葉では言い尽くせない悲惨な戦争を二度と繰り返してはいけない」と訴えた。

 吉沢さんは2014年に2度参加。はって歩かなければならないほど壕の奥は狭く、暑さで息苦しかった。「忘れてはならない80年前の現実」だと感じた。他の参加者とリレー形式の手渡しで運び出した遺骨が「当時を見て知ってほしいと訴えているように見えた」と説明した。

 父は伊豆諸島近くの洋上で、魚雷攻撃を受け1943年2月に戦死した。吉沢さんは生後10カ月で、母は10代だった。「戦争がなければ私たちの運命は違った。母の人生ももっと幸せだったのではないかと思う」と涙を浮かべた。

 講話会は、戦争体験を次世代に語り継ぐため戦後80年を迎えた昨年から定期的に開催している。