先端イメージングの反復計測により、運動と課題の繰り返しによる影響を分離し、脳活動変化を可視化

ポイント

・ 「運動」と認知課題の繰り返しによる「課題反復」の影響を区別する研究デザインを導入・実施

・ 「運動」は認知課題中の脳活動パターンを変化させる一方、「課題反復」は認知課題中の脳活動の効率化に影響することが明らかに

・ 運動前後で生じる、認知課題中の脳活動の変化を可視化することで、介入効果を実感しやすくなり、運動の継続や将来的な認知機能低下予防への応用が期待

 

 

概 要 

国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)セルフケア実装研究センター 浅原 亮太 主任研究員、樽味 孝 上級主任研究員、菅原 順 研究チーム長らは、米国University of Texas Southwestern Medical Centerと共同で、有酸素運動の前後において、認知課題中の脳活動変化を検討しました。その結果、これまで十分に区別されてこなかった「運動」そのものの影響と、運動の合間に認知課題を繰り返すことで生じる「課題反復」の影響を区別することに成功し、有酸素運動が認知課題中の脳活動パターンを変化させること、課題反復が認知課題中の脳活動の効率化に影響することを明らかにしました。

 

運動は認知機能の低下や認知症の予防に効果があるとされています。こうした効果を高めるためには、運動の前後で生じる認知課題中の脳活動変化を評価することが重要です。ここで、運動による脳活動変化を正確に捉えるには、その変化が「運動」による影響なのか、それとも認知課題を繰り返すことで生じる「課題反復」の影響なのかを区別する必要がありますが、容易ではありません。そのため、運動によって認知課題中の脳活動がどのように変化するのかは十分に明らかにされていませんでした。

 

今回、研究グループは、産総研における反復的な脳活動計測が可能な研究環境を生かし、有酸素運動が認知課題中の脳活動に与える影響と、課題反復による影響を区別できる研究デザインを導入しました。その結果、有酸素運動によって認知課題中の脳内プロセスが変化する可能性が示されました。また高齢者では、課題反復による脳活動の低下と課題成績との間に正の相関が認められ、課題への慣れに伴う脳活動の変化が、課題処理の効率化と関連する可能性が示されました。

 

運動による認知機能への効果は日常生活の中では体感しにくいですが、運動による認知課題中の脳活動の変化を可視化することで、介入効果を実感しやすくなり、運動継続につながる可能性があります。こうした取り組みは、将来的な認知機能低下の予防にも貢献すると考えられます。さらに本研究は、運動介入だけでなく、認知課題の反復実施そのものが、認知機能維持に果たす役割への理解を深めるものであり、高齢者の認知機能維持を支える新たな介入法の開発にもつながる知見です。

 

なお、この技術の詳細は、2026年6月11日に「Journal of Magnetic Resonance Imaging」に掲載されました。

 

下線部は【用語解説】参照

 

研究の社会的背景

高齢化が進む社会において、認知機能の低下や認知症の予防は、医療・介護の分野にとどまらず、日常生活の質(QOL)を維持するうえで重要な課題となっています。これまでの研究で、ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動を行うと、運動前と比べて運動後に認知課題の成績が向上することが報告されており、運動が認知機能に良い影響を与える可能性が示されてきました。しかし、これまでの研究の多くは、主に認知課題の成績変化といった行動面から評価されており、認知課題を実施している際の脳の活動そのものにどのような変化をもたらしているのかは、十分に明らかにされてきませんでした。有酸素運動によって、認知課題を実施している際の脳活動がどのように変化するのかを明らかにできれば、運動が脳にどのように働きかけているかの理解が進み、より効果的な介入方法の開発につながると期待されます。

 

研究の経緯

産総研は、超高齢社会における健康寿命の延伸を実現するため、運動や生活習慣が脳や認知機能に与える影響の解明と、その知見の社会実装に向けた研究開発に取り組んでいます。特に、日常生活に取り入れ可能な簡便な介入手法の確立を目指しています。これまで、脳の構造や活動を高い精度で計測可能な磁気共鳴画像法(MRIを用いた評価により、運動や加齢が脳に与える影響を可視化する技術の高度化を進めてきました。[1]

 

これまでに、有酸素運動前と比べて、運動後に認知課題の成績が向上することが報告されていますが、有酸素運動の前後で、認知課題を実行している際の脳活動がどのように変化するのかについて十分に明らかにされてきませんでした。運動による脳活動変化を捉えるには、「運動」と認知課題を繰り返すことで生じる「課題反復」の影響を区別する必要があります。そのためには、運動の前後に認知課題中の脳活動を計測することに加えて、比較対照となる安静条件の前後でも繰り返し脳活動を測定する研究デザインが求められます。しかし、こうした脳活動の反復した計測には時間的・経済的コストがかかるため、このような研究デザインを実施できる研究環境は限られています。

 

そこで本研究では、産総研における反復的な脳活動計測が可能な研究環境を生かし、先端イメージングである機能的MRI(fMRI)を用いて、有酸素運動と課題反復が認知課題中の脳活動に与える影響を分離して評価できる研究デザインを導入しました。そして、運動そのものが認知課題中の脳活動にどのような変化をもたらすのかを明らかにすることを目指しました。なお、本研究開発は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業「基盤研究B」(23K24748、25K21803)、「若手研究」(24K20656)および、公益財団法人明治安田厚生事業団による支援を受け、米国University of Texas Southwestern Medical Centerとの共同研究として実施しました。

 

研究の内容

 

本研究では、健常な若年者17名(平均年齢25歳)と高齢者19名(平均年齢62歳)を対象としました。研究デザインには、被験者内クロスオーバーデザインを採用し、各参加者は異なる日に、「運動介入」条件および「安静介入」条件の両方に参加しました。まず、運動、安静介入の前に、fMRIを用いて認知課題中の脳活動を測定しました。認知課題には、状況に応じて判断ルールを切り替える「タスクスイッチング課題」を用いました。本課題では、同一ルールを一定期間繰り返し適用する課題ブロックとルールを切り替えながら遂行する課題ブロックをランダムに実施するブロックデザインを採用しました。参加者は、MRI装置内の画面に表示される指示に従い、異なるルールを切り替えながら、できるだけ早く間違えないように回答しました。課題成績として、正答率と反応時間を評価しました。その後、運動条件では、有酸素運動として、トレッドミルを用いた30分間の中強度ウォーキングを行い、安静条件では同じ時間座って過ごしました。運動介入後および安静介入後にも認知課題中の脳活動の測定を2回(介入後15分、介入後45分)行い、介入前後の3回にわたって、脳活動と課題成績を評価しました。脳活動の指標には、fMRIにより得られる血中酸素濃度依存信号(Blood oxygenation level-dependent signal:BOLD信号)を用いました。ブロックデザインに基づき、認知課題ブロックと課題ブロック間の休止時間との変化量を算出し、条件(運動介入条件と安静介入条件)、時間経過および課題反復回数(介入前[1回目]・介入後15分[2回目]・介入後45分[3回目])、年齢(若年者・高齢者)の影響を統計的に検討しました。認知課題を繰り返すことによる影響は、運動介入条件と安静介入条件の両方で共通して生じる一方、運動による影響は運動介入条件のみで追加されます。そのため、両介入条件における脳活動を比較することで、課題反復による影響と運動そのものによる影響を統計的に分離して評価することが可能となります(図1)。この手法により、個人差の影響を最小限に抑えつつ、時間の経過や日内変動の影響を補正し、運動と課題反復がそれぞれ認知課題中の脳活動に与える影響を評価しました。

 

その結果、安静介入では、介入前および介入後15分と比べて、介入後45分において、課題反復に伴い、認知課題中のBOLD 信号が脳全体で低下しました。一方、運動介入でも、介入前と比べて介入後には脳全体でBOLD 信号の低下が認められましたが、頭頂葉(右中心後回など)や前頭葉といった一部の脳領域では、介入後15分および介入後45分の時点においても、BOLD信号の低下は認められず、認知課題中の脳活動が維持されました(図2)。これらの結果から、有酸素運動が認知課題中の脳活動のパターンを変化させる可能性を、本研究において初めて明らかにしました。一方で、認知課題の成績(正答率と反応時間)は、課題の反復に伴って、安静介入、運動介入の両条件で同程度に向上し、運動による特異的な改善は認められませんでした。

 

 

さらに、安静介入と運動介入の合計6回(介入前2回、介入後15分2回、介入後45分2回)の測定データを統合し、課題反復に伴う影響について、より詳細に検討したところ、若年者・高齢者のいずれにおいても、広い脳領域で認知課題中のBOLD信号の低下が認められました。一方で、運動の影響が認められた頭頂葉や前頭葉では、このような低下は認められませんでした。また、高齢者では、同一課題の反復により、反応時間の改善が認められました。さらに、高齢者では、課題反復によるBOLD信号の低下と反応時間の改善との間に正の相関が認められ、課題への慣れに伴う脳活動の変化が、課題処理の効率化と関連する可能性が示されました(図3)。一方で、若年者では、BOLD信号の変化と反応時間との間に明確な相関は認められず、課題反復に伴う脳活動変化と認知課題成績変化の関係性が高齢者とは異なる可能性が示唆されました。

 

 

本研究の意義は、これまで区別が困難であった「運動」と「課題反復」の脳活動への影響を分離して評価できる手法を用い、有酸素運動が認知課題中の脳活動のパターンを変化させることを示した点にあります。さらに、有酸素運動により認知課題の成績に大きな変化が認められない場合であっても、脳活動には変化が生じている可能性を示しました。これは、課題成績には変化が現れない段階でも、脳活動には変化が生じている可能性を示しており、「課題成績」だけでなく「脳活動そのもの」を指標とした評価の重要性を示唆しています。

 

運動による認知機能への効果は体感しにくく、その結果としてモチベーションの維持が難しく、運動の継続が困難となる場合があります。しかし、脳活動の変化を可視化することで介入効果を実感しやすくなり、運動の継続につながる可能性が期待されます。こうした取り組みは、将来的な認知機能低下の予防にも貢献すると考えられます。

 

加えて、高齢者では、認知課題の反復実施に伴う脳活動の変化が、課題処理の効率化と関連する可能性が示されました。この知見は、運動介入だけでなく、認知課題の反復実施による認知機能変化の理解にもつながり、高齢者の認知機能維持を支える介入方法の開発への応用が期待されます。

 

今後の予定

今後は、単回の有酸素運動によって生じる脳活動の変化が長期的な認知機能の維持にどのように寄与するかを明らかにし、日常生活に取り入れ可能な認知機能維持・向上手法の確立を目指します。

 

さらに、加齢による影響や課題反復の影響を考慮した脳活動評価手法の高度化を進め、運動や認知トレーニングによる介入効果を適切に評価できる技術の確立を目指します。

 

論文情報

掲載誌:Journal of Magnetic Resonance Imaging

論文タイトル:Effects of Acute Aerobic Exercise and Task Repetition on the Neural Correlates of Executive Function in Young and Older Adults: A Crossover fMRI Study

著者:Ryota Asahara, Marina Fukuie, Daisuke Hoshi, Junyeon Won, Rong Zhang, Jun Sugawara, Takashi Tarumi

DOI:10.1002/jmri.70329

 

参考情報

[1]Tarumi T, Tomoto T, Sugawara J, Zhang R. Aerobic Exercise Training for the Aging Brain: Effective Dosing and Vascular Mechanism. Exerc Sport Sci Rev. 2025, vol. 53, no. 1, p. 31-40. DOI: 10.1249/JES. 0000000000000349.

 

用語解説

磁気共鳴画像法(MRI

磁気とラジオ波を利用して体内の水素原子の挙動を捉え、主に解剖学的構造を画像化する技術である。放射線を用いず非侵襲的に断面画像を取得できるため、医療現場で広く用いられている検査法である。

 

機能的磁気共鳴画像法(fMRI

磁気共鳴画像法(MRI)を用いて血流動態の変化を検出し、脳の神経活動を間接的に評価する手法である。非侵襲的にヒトの脳機能を計測できる代表的な脳機能イメージング法の一つである。

 

クロスオーバーデザイン

同一の被験者が複数の条件を異なる時期に順番を変えて受ける実験デザインである。個人差の影響を抑えつつ、条件間の比較を高精度に行うことが可能である。

 

血中酸素濃度依存信号(BOLD信号)

神経活動に伴う血流変化により、脱酸素化ヘモグロビン量が変化することで生じるMRI信号の変化である。fMRIにおいて脳活動を間接的に反映する指標として広く用いられている。

 

頭頂葉

大脳皮質の一領域であり、視覚や体性感覚など多様な感覚情報の統合に関与する部位である。空間認知や身体の位置把握など、高次の認知機能に重要な役割を果たすとされる。

 

前頭葉

大脳の前方に位置する領域であり、意思決定、注意、実行機能などの高次認知機能を担う部位である。運動の計画や制御、社会的行動の調整にも深く関与する。

 

 

プレスリリースURL

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260611/pr20260611.html