岐阜新聞デジタルが、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部教授の秋元祥治さん(岐阜市出身)とお届けするトーク番組「やっぱ岐阜やて!」。羽島市に、世界から人を集める刀匠がいます。淺野鍛冶屋(羽島市江吉良町)代表の淺野太郎さんです。鍛冶体験の参加者の約9割が外国人! なぜ、世界の人たちは羽島の工房を目指すのでしょうか。お話を聞くと、外国人が求める「本物の体験」の一端が浮かんできました。頼むで見たって!(岐阜新聞デジタル独自記事です)

あさの・たろう 淺野鍛冶屋代表。刀匠名「房太郎」。1976年生まれ。20歳で藤原兼房(25代目)に弟子入り。6年間修行、2004年に関市で独立。2006年に地元・羽島市へ鍛錬場を移転。国内外に日本刀文化を発信している。

あきもと・しょうじ 1979年生まれ、岐阜市出身。早稲田大学政治経済学部中退。2001年にNPO法人G―net(岐阜市)を設立、地域活性化、中小企業支援に取り組む。2013年に「岡崎ビジネスサポートセンター」(オカビズ)センター長就任(現・チーフコーディネーター)、中小企業支援、売り上げアップをサポートしている。

カバリーニョ馬田 1975年生まれ、岐阜市出身。99年に岐阜新聞社入社。メディアラボ室長。「カバリーニョ」はポルトガル語で「子馬ちゃん」の意味。

◆ 「日本刀を作るのが仕事です」

 馬田 読者の皆さまこんにちは。そうじゃない皆さまもこんにちは。きょうは羽島市の淺野鍛冶屋さんにお邪魔しました。

 秋元 鍛冶の現場、すごい雰囲気がありますね。淺野さん、そもそも、どんな仕事をされているんですか。

 淺野 私どもの主な仕事は、刀を作ることです。

 秋元 なぜ刀匠になろうと思ったんですか。

 淺野 鉄を叩き始めたのは13歳ぐらいのころです。火がきれいだとか、叩くと鋼の形が変わること、鋼の色が変わっていくことが神秘的に見えて。趣味として楽しんでいました。20歳ぐらいになって、自分の人生をどうしようかと考えたとき、「一番自分が好きでやっていることは何だろう」と。そうしたら、鉄を叩くことだったんです。じゃあ、その頂点にあるのは何だろうと思ったら、やっぱり日本刀だった。そのとき何もできない自分でしたが、1回まず挑戦してみて、だめだったらだめで諦める。その代わり、本気で1回、1回だけでいいから人生で挑戦しようっていうのが、始めるきっかけですね。

◆体験の9割が外国人客

 秋元 今は外国人観光客がたくさん日本に来ています。淺野鍛冶屋さんで行っている鍛冶体験の日本人と外国人の割合は?

 淺野 1対9ぐらい...