1986年の発売以来、ロングヒットを続けるゴキブリキャップ
ロングヒット商品のゴキブリキャップを販売しているタニサケの松岡浩会長(右)と清水勝己社長=揖斐郡池田町片山、タニサケ
ゴキブリキャップに使われるゴキブリ団子=揖斐郡池田町片山、タニサケ

 カサカサ、ゴソゴソ-。キッチンや洗面所などの物陰に息を潜める黒い物体。ちょうど今の時季、悩まされている人も多いのではないか。そう、ゴキブリだ。そんな大敵退治に、置くだけで絶大な効果を発揮する「ゴキブリ団子」。実は、岐阜県揖斐郡池田町から全国に広まったことは、あまり知られていない。かつて同町ではこの団子を使った“追放運動”が行われ、同町の会社が製造する団子の殺虫剤「ゴキブリキャップ」はロングセラー商品に。どうやってこれほどまでに広がり、人気を博したのか。その経緯を探った。

 約40年前。きっかけをつくったのは、研究者でも企業の商品開発者でもない、会社員だった不破郡垂井町の故谷酒茂雄さんだ。そのいきさつを、1982年6月19日の本紙(当時・岐阜日日新聞)が紹介している。

 記事などによると、谷酒さんは自宅でゴキブリに悩まされていたが、画期的な駆除方法がなく、困り果てていたという。「なんとか退治できないか」と会社勤めの傍ら、一念発起。

 ホウ酸が脱水症状を引き起こし、駆除に有効なことは知られていたというが、7年ほどの研究の結果、習性からタマネギのにおいに引きつけられやすいことなどを発見。ホウ酸や小麦粉などと混ぜて、独自で団子の開発に成功した。

 この発明に目を付けたのが、後にこの団子を誤食防止用のケースに入れ「ゴキブリキャップ」の商品名で世に売り出したタニサケ(揖斐郡池田町)現会長の松岡浩さん(78)だった。

 松岡さんは当時、同町で家業のスーパーを経営し、店内のゴキブリに悩まされていたところ、たまたま谷酒さんの開発した団子の存在を知った。その効果に驚き、松岡さんがゴキブリ追放への火付け役となる。

 当時の記録をまとめた88年発刊の著書「池田町からゴキブリが消えた」(小松恒雄、水沢溪著)によると、松岡さんは「退治は町ぐるみで」と婦人会にも働きかけ、支部単位で講習会を開催。町もこの取り組みに協力し、84年から3年間、毎年5万円の補助金を出していたという。

 町一帯となった取り組みは奏功する。団子の効果はてきめんで、「町からゴキブリがいなくなった」と、さまざまなメディアで注目を集めた。当時町職員だった岡崎和夫町長は「ゴキブリ駆除に、補助金を出した自治体は当時は他になかったと思う」と回顧する。

 松岡さんは追放運動の傍ら、全国を飛び回り、団子の製法を教えていた。「勘ではあったが、商品化しても売れると思った」。谷酒さんとともに、85年にタニサケの前身・谷酒生物公害研究所を設立し、翌年から「ゴキブリキャップ」の販売を始めた。

 予感は見事に的中する。製造法を公開していたことが信頼を集めるきっかけにもなり、「一度教えた人から、よく効くから、今度はつくったものを買うと言ってもらえた」。商品化してからも要望があれば出向いて、惜しみなく製法を教え続けてきた。

 販売直後から業績は右肩上がりを続けて販売網はほぼ全国に広がり、台湾など海外での販売実績もある。累計6億5千万個以上を販売してきたというが、「ほとんど宣伝費はかけてこなかった」と社長の清水勝己さん(54)。口コミとその効果で広まり続けたゴキブリ団子は、開発から40年たった今なお多くの人に愛用されている。