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オグリの里

ミンナノヒーロー、安らかに

立ち上がれ、あしたのために=その25



5月9日、水沢競馬場で初勝利を飾ったミンナノヒーロー

 「最後まで全力でゴールを目指したね」。オグリキャップの孫であるミンナノヒーロー(牡4歳、佐藤祐司厩舎)が7月20日、盛岡競馬場でのレース中、左前脚を故障するアクシデントに遭い、競走を中止し、天国に旅立った。力強い走りで3連勝を飾り、JRA復帰を目指していただけに、ファンからは突然の別れを惜しむ声が多く寄せられた。

 元々、脚元が弱くて2度骨折し、手術を受けるなど不安を抱えていた。JRA(斎藤誠厩舎)ではデビュー戦を迎えることなく、登録抹消になり、生まれ故郷の佐藤牧場(北海道新冠町)で療養。岩手・水沢競馬場で再スタートを切った。パドックで頭を下げてグイッと踏み込む力強さ、面影や芦毛の毛づやは祖父によく似ていた。

 村上忍騎手が手綱を取り、初戦は元中央オープン馬とマッチレースの末に2着。その後は大差、5馬身差、大差勝ちの快進撃で3勝を挙げ、JRA復帰条件をクリアしていた。盛岡の広いコースで左回りにも慣れさせようと、この日の一戦を迎えたが、悲しいラストランになってしまった。
 
 ■競馬場はいつも命懸けの「戦場」

 レースはオッズパーク賞(ダート1400メートル、C1六組)で、単勝1.0倍の断トツ人気。JRA復帰への通過点とみられたが、競馬場のコースはいつも命懸けの「戦場」であり、これまで国内でも数多くの人馬がレースで亡くなっている。

7月20日、盛岡競馬場でのレースが最後になったミンナノヒーロー(NAR提供)

 盛岡地方は平年より12日も早く梅雨明け。猛暑日続きで、体調やリズムを微妙に狂わせていたのか。ミンナノヒーローは先手を奪えず、2、3番手からの競馬になった。第4コーナーを回った直線入り口には「魔物」が潜んでいた。先行したシーセクションに並びかけたところで、古傷のある前脚がガクンとなった。それでも転倒せず、村上騎手は落馬することなく、騎乗馬をストップさせた。競走中止後、「左第1指関節開放脱臼」と診断され、予後不良になった。

 笠松競馬場では昨年5月の飛山濃水杯で、重賞5勝馬のストーミーワンダーが同じように命を落とした。今年5月には、笠松グランプリ3連覇の偉業を達成していた岩手のラブバレットが、水沢の地で永眠した。そして盛岡ではミンナノヒーローも。生まれた時から愛情を注ぎ続けてきた牧場関係者、調教から携わってきた厩舎スタッフにとっては、大変つらい時間が流れた。一人のファンとしても信じたくない思いだったが、これが現実で命のリセットはできない。

 応援してきた競走馬の「戦死」は悲しくてやりきれないが、脚元の不安と闘って「アスリート」として走り続けた頑張りは、もっとたたえられるべきである。厩務員の方たちは「まずは愛馬が無事にレースを終えて厩舎に戻ってくることが一番」と、いつも祈りながらレースを見ているそうだが、その思いを痛感させられた。

 佐藤祐司調教師 「村上騎手は『楽な手応えで直線を向いたので、アクシデントさえなければ突き抜けていただろう』と。膝部の骨折であれば水沢の厩舎へ連れて帰れたのですが。こんなことになってしまい、関係者の皆さまにはおわびの言葉が見つかりません。本当に申し訳ございません」(ローレルクラブ情報)

 ■オグリキャップの血統ロマン、笠松へも「元気」

 この日は、マーキュリーカップにエンパイアペガサスが出走していたこともあって、佐藤牧場(佐藤信広代表)の関係者も応援のため来場していた。牧場では「最悪の結果になって、つらすぎます。アイ君(愛称)、もう走らなくていいからゆっくりしてね」とツイッターでコメント。ファンからは「レースを見て泣けました。本当に残念で悲しいです」「お母さんや妹たちを、天国のおじいちゃんと一緒に見守っていてね」などと冥福を祈るメッセージが寄せられた。

 佐藤牧場ではその後「たくさんの励ましやお気遣いのコメントありがとうございます。突然のことでまだ心の整理ができていませんが、彼のためにも前へ進んでいこうと思っています。引き続き、牧場の馬たちを応援していただけるとうれしいです」と、オグリキャップの血統ロマンへの熱い思いを伝えた。

ミンナノヒーローに騎乗し、地方通算3500勝を達成した村上忍騎手

 母ミンナノアイドル(14歳)はオグリキャップ最後の産駒。JRAでは1戦しただけで、オグリの血統を継承し、佐藤牧場で繁殖・子育てに励んできた。2012年に生まれた長男のストリートキャップは、JRAデビュー戦で勝利を飾るなど計3勝を挙げる活躍。5年後の17年に誕生したのが次男のミンナノヒーローで、ともに父はゴールドアリュール。佐藤代表は「強い馬はいっぱいいるが、(オグリキャップのように)こんなに愛される馬はいない。キャップの孫を育てて、その血を受け継いでいきたい」と使命感に燃えて、育成に情熱を注いできた。

 オグリキャップの遺伝子を受け継いだミンナノヒーローの快走は、開催自粛中の笠松競馬にも「元気」を届けてくれていた。このタイミングでの快進撃は、オグリ像がある笠松競馬場を励ましてくれているようにも感じられ、再生への勇気を与えてくれていた。そんな中での悲報に、笠松ファンも「本当に悲しいですね。ミンナノヒーローの素晴らしい走り、忘れません。安らかに眠ってほしいです」と早すぎる旅立ちを惜しんだ。

 ■妹レディアイコや、コパノリッキーとの子に期待

 初めて訪れた水沢競馬場。ミンナノヒーローは「ウマ娘」ファンの熱視線も浴びて、村上騎手には地方通算3500勝をプレゼント。その雄姿がまぶしかった。初勝利後、佐藤祐司調教師は「ファンが多い馬で、中央の戦いの舞台にお返しするのが役目」と。村上騎手は「1勝クラスに入っても見劣りないと思う」と能力の高さを認めていた。新たなサクセスストーリーを期待して、追っかけ続けるつもりだったが、細くつながっていた血統ロマンはさらに細くなってしまった。ローレルクラブの一口馬主としても、牧場時代からずっと応援してきてJRAデビューも待ち望んでいただけに、本当に残念である。

2017年に生まれたミンナノヒーローと母ミンナノアイドル=北海道・佐藤牧場(パカパカ工房提供)

 1歳下の妹レディアイコ(芦毛3歳、尾関知人厩舎)は6月にJRAでデビュー。父はモーリスで、レース経験馬を相手に16着に終わった。馬体重380キロと軽量だったが、その後30キロほど増えており、次走で成長した姿を見せたい。
 
 母ミンナノアイドルには繁殖馬生活を続けてもらい、新たな命を授かってくれるといい。ヒーローを失った牧場の悲しみはあまりにも大きいが、今年2月にはコパノリッキーとの子(芦毛の牝馬)も生まれ、2年後のデビューを目指すことになる。牝馬は繁殖馬として牧場に戻ってこられ、長女レディアイコも現役引退後は、佐藤牧場で母馬となってオグリキャップの血を守り育ててくれることだろう。

 ■永遠に輝く「オグリキャップ座の1等星」

 4年前の夏には、オグリキャップのひ孫にあたる牡馬ラインミーティア(水野貴広厩舎)=母アラマサフェアリー=が、オグリの血統を受け継ぐ競走馬として初めて、中央重賞Vを飾った。新潟名物・直線1000㍍のアイビスサマーダッシュだった。西田雄一郎騎手が主戦で、阪神セントウルSでは2着に突っ込み、JRAのサマースプリントシリーズ王者に輝いた。馬名のミーティアは「流星」を意味し、7歳時の真夏にまばゆい光を放った。翌年の夏、蹄葉炎のため、経過観察を経て亡くなった。
 
 ミンナノヒーローは、わずか3カ月間の現役生活で、JRAデビューはかなわなかったが、オグリキャップファンの胸を熱く焦がして、天国へと駆け上がった。早すぎた完全燃焼で燃え尽きてしまったが、強烈な走りっぷりを忘れることはない。ファンの心の中では、真夏の夜空で夢のようにきらめく「オグリキャップ座の1等星」として、永遠に輝き続けることだろう。