岐阜大学精神科医 塩入俊樹氏

 生まれたばかりの赤ちゃん(新生児)は、全く無力の真っ白な状態ですが、すぐに母親(養育者)から授乳や頬ずりなどの働き掛けを受け、生後3カ月ごろには誰かがあやしたり、ほほ笑みかけたりすると、赤ちゃん自身がほほ笑むようになります。ですが、この"3カ月のほほ笑み"は誰に対しても反応するものです。

 一方、生後6カ月になると、乳児は母親とそれ以外の人を区別できるようになります。これがいわゆる"人見知り"です。乳児は、泣いたり、むずかったりすることで、自分が何をしてもらいたいかを伝えようとします。母親(養育者)がこれらの行動に対し、授乳やおむつ交換、抱っこなどで応じると、乳児は満足感と安心感を得るのです。そして、これらの対応を繰り返すことで、乳児は「自分の望んだことを望んだようにかなえてくれる」と感じ、周囲の人や世界に対しての安心感や信頼感を得て、自分の身を任せられるという感覚が生まれるのです。

 この感覚を、米国の心理学者エリクソンは"基本的信頼(感)"と呼びました。乳幼児期の心の発達で最も重要な課題は、この基本的信頼(感)を得ることなのです。乳児期にこの感覚が十分に育まれないと、子どもは成長してからも自分を固定的に捉えることができず、「自分は他人から大切にされる存在である」「困った時は周囲が助けてくれる」「努力すれば何でもできる」といった感覚、"自己肯定感"と言いますが、これらを得ることがとても難しくなります。

 さて、このような母子関係が構築されると、乳児は常に母親(養育者)と一緒にいようとし、母親(養育者)が離れると不安がるようになります。また逆に、不安や恐怖を感じると母親(養育者)にしがみついたり、甘えたりすることで、その不安や恐怖に対処しようとします。

 このように乳児が母親(養育者)に対して形成する絆を、英国の精神科医ボウルビィは"愛着(アタッチメント)"と呼びました。この愛着行動により、自分が守られ支えられるという思いが、乳児の心をさらに成長させていきます。母親(養育者)を安全地帯として、外の世界に対する探索行動を始めるのもこの頃です。

 また、乳児期後半では、コミュニケーションの基礎となる"指さし行動"が認められるようになります。これは、まだ十分に言葉を話せない乳児が、指先の延長線上にある対象物を、周囲にある他の事物から抽出し、特定して人さし指を向ける行動で、その目的は、自分が興味の持った物や欲しい物に対し、他者の注意を向けさせるためと考えられています。逆に、他人の指示した物を目で追うなど、自己と他者との間で注意を向ける対象を合わせようとする能力が確立するのも、この時期です。つまり、これらの行動は"言葉の前の言葉"と言えるのです。

(岐阜大学医学部付属病院教授)