循環器内科医 上野勝己氏

 5年前、米国在住の大西睦子医師の書かれた医学記事を患者さんに頂きました。世界4大医学雑誌の一つ「JAMA」に掲載された論文(JAMAIntern Med,Nov 2016)とそれについて解説したCNNの記事(How the sugar industry sweetened research in its favor,CNN,Sep 12.2016)の要約でした。

 第2次世界大戦後の1950年代、米国は心臓病による死亡の増加に苦しんでいました。大統領自身も心臓病であり生活習慣の改善で心臓病を減らせないかが国民の関心を集めていました。60年代になって二つの考え方が発表されました。一つは心臓病の原因は砂糖や炭水化物の過剰摂取であるとするもので、もう一つは、コレステロールの過剰摂取が原因であるという考え方です。

 しかし、糖質過剰摂取説は完全に無視されました。それは、砂糖研究財団(現米国砂糖協会)がハーバード大の研究者らに資金提供を行い、これも世界4大医学雑誌の一つNEJM誌に、心臓病の原因は脂質であり砂糖の関与はほとんどないという論文を掲載させたためでした。資金提供がこの論文に与えた影響は不明ですが、結果的にこの報告は、アメリカの食生活ガイドラインに大きな影響を与え、糖質過剰説は無視されたのです。

 食品中の脂質を減らすと味が落ちるため、少しずつ糖質に置き換えられていきました。例えば、低カロリーマヨネーズでは、脂肪の代わりに糖質を混ぜてあります。味を調えるだけでなく糖質のカロリーは脂肪の半分のために総カロリーを下げることができるのです。

 こうして始まった低脂肪ダイエットを信じて、糖質の過剰摂取を続けた米国は60年後の今日どうなったのでしょうか。世界有数の肥満大国、糖尿病大国そして心臓病大国となったのです。

 これまでのところ、食事中の脂質摂取量と循環器疾患の発症や重症化および死亡との明確な関係は証明されていません(厚生労働省・日本人の食事摂取基準2020年版)。

 では、食事療法によって心疾患を予防する方法はないのでしょうか。近年の研究では食事中の糖質が問題であるとする報告が増えてきています。

 今年の8月に米国の有名医学誌「Circulation」にその答えとなるかもしれない論文が掲載されました。食品中の砂糖を20%、飲料の砂糖を40%削減すれば米国で248万件の心血管イベント、49万人の心死亡と75万人の糖尿病の発症を予防できる可能性があるとのことです。このことにより13兆円近い医療費が削減される見通しです。同様の試みは英国でも2017年からすでに始まっていて20年までに食品中の砂糖の20%を削減したとのことです。こういった政策の効果が表れるのには10年程度かかると考えられています。

 糖質の過剰摂取による余剰カロリーは皮下脂肪として蓄積され、高インスリン血症を招き、糖尿病の発症や高中性脂肪血症を引き起こします。また食後の異常な高血糖が血管内皮を傷つけ動脈硬化を発症することも知られています。60年前につぶされた「心臓病の原因は糖質の過剰摂取である」という考え方が、世紀が変わってようやく日の目を見ようとしています。良い結果が出ることを期待しています。

(松波総合病院心臓疾患センター長、羽島郡笠松町田代)