松本潤さん「岐阜の方にも見ていただけたら」



 取材時間の半分ほどに差しかかり、ここで岐阜新聞社に質問の機会が与えられた。どうする家康、どうする自分。イチかバチかで温めていた質問をぶつけてみる。

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―歴史上の人物の常で、アンチというか、家康ファンだけでなく織田信長派、石田三成派、という歴史ファンの方もいらっしゃる中で、松本さんはどのような家康像を描いていますか。もしアンチ家康の方がいるとして、どう魅力をアピールされたいと思いますか。

 松本 根本的に、元から嫌いだと言われるとどうしようもないのですが、それこそ家康でいうと関西もそうですし。家康が勝ってしまった側という意味で、負けた側の、土地のスター、戦国武将がいる地域の方々はあんまり好きじゃないな、地元の武将の方が好きだな、という方もいらっしゃると思います。ですが先ほどもあったような多様性や、家康がどういうことをしてきたかという過程が面白く描かれている作品だと思うので、ぜひ作品を見ていただきたいと思います。僕もこの作品をやるとなったとき、関西地方の人にあまり見てもらえないのではないかという心配もありましたが、そんな方々にも、岐阜の方々にも、見ていただけたらと思います。岐阜のスターも出てきますから、私たちだけではないので、ぜひ。悪役で描いたりしないので(笑)。

 家康公本人にアンチ家康について聞くという質問に、会見場が若干さざ波立ったようにも思われたが、松本さんは爽やかに対応。大スターに「岐阜」と言わせた…。それだけで大きな仕事をやり遂げた気分となる。これには隣席の信濃毎日新聞の記者からも「長野県も真田家の地元なので今の話を聞いて安心しました」との声が上がった。

―松重さんに。謎の役を演じ始めていかがですか。

 松重 家康の家臣団がようやく形成されて、数々の合戦を乗り越えていかなければならないが、今はもう、家康を中心とした組織が本当に江戸幕府につながっていくのだと考えて、役を演じているのが面白いです。数正も松本城という天下の名城を造ったということで、いつか私も松本に行ってお城見ながらおいしいものを食べて…。名古屋から中央本線で一本ですよね、そんなことを考えながら楽しみを見つけています。

大河ドラマ「どうする家康」で石川数正を演じる松重豊さん(NHK提供)

ロマンだけではない新たな戦国絵巻

―家康は幼少期だと今川義元や信長との関係性が描かれていると思うが、これまでの大河ドラマによってイメージがどんどん変わってきていて、今回のドラマでの彼らのイメージについて、台本を読まれた上で感想を聞かせてください。

 松本 その2人、あと武田信玄もそうですし、いろいろな武将に影響を受けてきた人なのだと。特に今回の作品では、幼少期から駿府で育つ中で、殿、長として国をどういうふうにすべきかということを教えてもらった原体験は今川だと思うし、信長はそれよりも前、家康が小さい頃、圧倒的な力を感覚的に植え付けられたというか。幼少期は力を持っていないけれど、力というものがどういうものか潜在的に与えられた印象です。だから僕が演じる徳川家康は幼少期に感じたことを、ずっと頭の中、心の中に残しながら成長していくのではないかなと思います。

 大森 武田などが出てきて、殿を守る立場として、僕らがどうフォローしていくのかや、相手がどういう芝居、キャラクターを作ってくるのかを、出演者でありながら視聴者みたいに楽しみたいと思います。

大河ドラマ「どうする家康」で酒井忠次を演じる大森南朋さん(NHK提供)

 山田 三英傑のパワーバランスの変化が戦国の面白いところ。どんな場所からでも天下を狙える下克上の時代というのも面白いですし、演じる人が変わるだけで本当にいろいろな見え方がするのだというのも大河ドラマの面白さだと思う。ここにいる誰もがその時代のことを見ていない、語り継がれたことだけで僕たちが作り上げていく、だからもしかしたら信じていた部分が真実ではない、ということもあるかもしれないので、創造性をどんどん盛り込んで、自分が本多忠勝を作り上げられれば。岡崎城の記念館で案内してくださった方が忠勝は本当はきゃしゃだったのですよ、と。大柄なイメージを持っていたが、案外そんないわれもあるのだと。強く見えるように自画像を8回くらい描き直させたという逸話もあるくらいで、もしかしたら本当に、見えていることと本当にあったことと、全然違うのかなというところがあると思う。これが家康だ、などと凝り固まらず、新たな歴史絵巻を見るようにドラマを楽しんでほしい。

 松重 戦国時代というのはロマンで、英傑の物語を美しく描かれがちだが、ひどい時代。隣町からどんどん刀を持って襲ってくるのですよ。そうかと思ったら山梨からくるわ、新潟からくるわ、そんな時代に、よろいかぶとを着けると非常に重くて苦しくて撮影でみんなヒイヒイ言っている。こんなもの早く脱ぎたい、早く平和がきてくれと。当時もそう思っていた人が多いのではと思うのです。とにかくこの乱世を終わらせてくれ、誰かが決着を付けてくれ、というのが全ての人の夢と希望であったと思うのです。それを考えたのが家康だったというのは史実なので、家臣団の僕らとしてはもう、今川だ、信長だ、とか言ってるよりも、この甲冑(かっちゅう)を脱がしてくれ、という思いにとらわれている、それは間違いない。本当に、日本に平和を、という気持ちです。