中学生「やる必要ねえんじゃねえか」
一方で、街中に繰り出した記者は、冷ややかな声を中心に拾っている。
かんたん検索! 岐阜県・東海のイベント お出かけ情報総合サイト「ぎふっと!」国葬の日は火曜だったが、学校は半日授業(半ドン)となり、取材した都内の区立中学校では半旗が掲げられていた。中学2年のグループは「元首相といったって八十九歳の一老人の死だから、ぼくらに直接関係ない」と、つれない返事。上野駅で旅行パンフレットを見ていた中学3年のグループは「学校が半ドンなのはいいが、国葬なんてやる必要ねえんじゃねえか」と、そう考える根拠は不明確だが、冷ややかな反応。
繁華街の銀座は、雑踏の中で午後2時10分の黙とうを合図するサイレンが聞こえず、大半の通行人がスルー。さらに「デパート屋上から〝国葬反対〟のビラまきを予定していた日共系全学連も姿を現わさず、銀座はいつもと全く変わらぬにぎやかな光景」だった。〝全学連〟という言葉に時代を感じる。当時の大学生は、いまは70代半ばぐらいだろうか。
もちろん、当時の70歳のご老人の声も載っていて「吉田さんは立派な功績を残した人だと思うが、国葬反対の声もあるなかで無理に国葬をやることはないと思う」と述べている。こうした声は今回の安倍元首相の国葬に対しても聞かれ、いまも昔も変わらないな、という印象。
また、新宿のパチンコ店では、店内の歌謡曲を一時中断し「佐藤首相の弔辞放送を流したが、客はタマの行くえを必死に追うだけ」と、やや場所選びに悪意があるようにも思うが、無関心に徹する人たちの様子を伝えていた。
ところで、吉田氏と岐阜県との関わりはそれほどなかったのか、当日と翌日の紙面で、国葬に関わる県内の関連記事は見当たらなかった。唯一、読者投稿コーナーに、ご意見が載っていたので全文を紹介する。
もちろん、この偉大な吉田翁のめい福を祈ることには異議はありませんが、関係機関の半どんは少し行き過ぎだったのではないかと思います。ことに役所の休みは、市民、県民にとってはなにかと不つごうをきたしたものと思います。
ところで、この半どんを職員がどううけとめたかも疑問に思われます。マージャン、パチンコで思わぬ半どんを過ごした職員もかなりの数にのぼったと推察します。これではせっかくの国葬もあったものではない。真心こもった一分間の黙とうこそ、吉田翁の霊も浮かばれようというもの。
とかく悪評を受ける県、市職員の半どんだけに〝またか〟の感がことさら。国葬の半どんを機に県民、市民から愛される職員になってもらいたい。(岐阜市早田、市民)>
推察をベースにした意見のため何とも言えないが、国葬に対する意見というよりも、いわゆる公務員批判を目的にした内容だった。民間の多くは休みにならなかったのかもしれない。






