1891年の濃尾地震の犠牲者を追悼する民間施設「震災紀念堂」(岐阜市若宮町)の毎月の法要に通う篠田隆夫さん(90)=同市養老町=が、紀念堂への思いを込めたオリジナルの歌を作詞した。曲の名は「あゝ濃尾震災紀念堂」。濃尾地震から131年を迎える今月28日、祖父から伝え聞いた災禍の体験談と合わせ、紀念堂での祥月命日法要後に披露する。
(唄)モダンやロマンへ移るころ 内陸地震は起こりたり 痕跡残す根尾断層-。
1番でマグニチュード8・0の直下型地震の被害の甚大さ、2番で犠牲者追悼のため天野若圓(じゃくえん)の尽力で地震から2年後に建立された歴史、3番で地震の教訓を今に伝える紀念堂の今の姿を歌い上げている。
篠田さんは幼少の頃、柳ケ瀬で呉服店を営む傍ら、紀念堂の世話役を務めた祖父継次郎さんに手を引かれて日参した。当時は多くの遺族が存命で、法要は心の安らぎを求める人たちであふれていたという。
12歳で濃尾地震に遭った継次郎さんからは、「揺れで躍り上がる火鉢を抱きかかえ、呉服店を火事から守った」という武勇伝を繰り返し聞かされてきた。
紡績会社を退職し、十数年前から祖父のように毎月の月命日法要に通うように。昨年の濃尾地震130年を機に「災害への心構えを教えてくれた紀念堂の歌を作れないか」と作詞に取り組んだ。
半年の推敲(すいこう)を経て、作曲の依頼を受けた歌謡講師の西村治郎さん(79)=岐阜市=は「震災後の大変さ、復興への思いが詞からくみ取れる」。明治の時代に思いをはせながら、明るめの落ち着いた曲に。元音楽教諭の橋詰律也さん(70)=同市=が編曲を手がけた。
今月28日の法要後の記念講演では、火風水(ひふみ)(本名・鈴木明美)さんの語りに続き曲を披露する。篠田さんは「濃尾地震を風化させず、みんなが口ずさんで次世代まで歌い継がれる歌になって」と期待している。
濃尾地震は現在の本巣市根尾地区を震源にした断層型地震で、死者は全国で7273人。紀念堂は国の登録有形文化財で、天野家の遺族が月命日法要を続けている。









