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相手の動きは丸見え
岐阜城の攻めにくさとは―。一つが、標高300メートルを超える山頂に天守がある点。千田さんは「富士山の山頂に城を建てた人はいない。岐阜城は日常に行き来ができる限界の高さ」。当たり前だが、下から攻めてくる相手の動きは丸見え。大軍で攻めれば攻めるほど、その動きは手を取るように分かる。柴田さんは「尾張全体を見張る事ができる最強のレーダー施設」と表現する。確かに、現在の岐阜城からはJR名古屋駅のツインタワーもよく見える。
二つ目が天然の要害といえる、山の急峻(きゅうしゅん)さ。内堀さんは「チャートの岩山で、切り立った場所が多い。道じゃない場所を歩くのは命にかかわるほどの危険な場所もある」。今ある登山道でも、中には険しく、休憩しながらでないと登れない道もある。千田さんも「岩山で、垂直に近い岩盤もあり、自然を巧みに利用して守りを固めることができる」。
道沿いにはとりでが設けられ、通りやすい場所は徹底ガード。それ以外は、自然の地形を生かして守ることができるのが大きな特徴だ。「難攻不落」の解釈の違いは置いておいても、やはり攻めにくい城。柴田さんは「自分が武将だったら攻めたくない城」と話す。
陸路も水運も充実
そんな城で、なぜ、何度も「攻防」が繰り広げられたのか。当時の岐阜城を手に入れることが、どれだけ重要だったかが関連している。千田さんが解説する。
「日本屈指の生産力の高い土地を抑えられる絶好の場所。中山道はじめ主要街道が通っていて陸路の要。長良川にも接している。車や高速道路もない時代に重いものを運ぶのは水運。海から川へつなぐ輸送があったので、まさに岐阜城は麓に『高速道路』を抑えていた絶好の立地。イニシアチブを握る意味でも重要なポイントだった」
攻略の鍵は「兵力」と「孤立」
話は戻るが、複数回の落城もまた事実。攻略のためには何が重要か。4人にそれぞれ聞いてみた。「岐阜城を攻め落とすには」。話から浮かび上がったポイントは、いかにも単純。巨大な兵力を持つことだ。
柴田さんが「2倍ぐらいの兵力までなら恐らく守り切れる。それが10倍とかになれば」と言えば、内堀さんも「『力攻め』といって、損害を考えず次から次に攻めることができれば。現代ではあり得ない戦い方ですけど」と苦笑い。岐阜城の守りが強固だった裏返しとも言える。千田さんも「正攻法では落ちない城で間違いない」
兵力差に加え、「岐阜城を孤立させることが大切」と柴田さん。要するに周囲から援軍が来ない状況をつくっておくことだ。稲葉山城の戦いでは、龍興側だった稲葉一鉄ら「西美濃三人衆」を信長が味方につけた。「西濃も美濃も中濃も当時、信長が調略し、味方につけた状態になっていた」と。孤立した龍興になすすべはなかったのだろう。柴田さんはこう締めくくる。「戦いというのは、戦う前に勝敗が付いているはず」
「美濃を制する者は天下を制する」とまで言われた岐阜。そして、その象徴の一つ「難攻不落」の岐阜城。改めて調べてみるとそう言われるゆえんや、当時の岐阜城が持つ重要性が確かに存在していた。








