ラフォーレ原宿に来るなんて、おそらく短歌研究新人賞を受賞した翌日以来だ。そう思いながらうっすらと記憶にある入り口をくぐる。ふと見たことのあるプリント柄のブラウスの女性に目をやると、向こうも私の服装で気付いたようだ。「あのー、『ケイタマルヤマ遊覧会』って、何階ですか」。ああ、声がかぶった。そう、今回の上京は私が中学生の頃から大好きなファッションブランド「ケイタマルヤマ」の30周年記念の原宿、表参道での展覧会のためだ。
会場に入った途端、頭の中がきらきらの光に包まれる。原宿の会場は舞台コスチュームの展示、表参道の会場は今までのコレクションの展示になっている。コスチュームと聞くと大振(ぶ)りなものかと思っていたら、ある衣装は赤い生地の上にさらに赤で刺繍(ししゅう)が施されていたり、コスチュームの端にフェルトと刺繍で花が細かく表現されているものだったりして、ライブで着る人の気分を高揚させるのは、こういう心遣いなのだろうなと胸と目頭が熱くなる。実際表参道の会場では、何人かの入場者がハンカチを目に当てて泣いていた。「ああ、この服」。40代半ばほどの女性だろうか、展示されたコレクションを見ながら、声を震わせる。「20代の頃、着たわ、好きで好きで着ていて気が狂いそうだった」。そんなやりとりを聞きながらも、私たちは互いに干渉しない。その代わり、衣装の写真を撮るときは絶対に映り込まないように譲り合い、控えめに、しかししっかりと、交互にコレクションブックに手を通す。
リスペクトの大切さを最近よく思う。礼儀正しくも過度に干渉し合わない私たちのその姿は、ファンであるからにはいいファンでありたいと願う、ブランド「ケイタマルヤマ」へのリスペクトの表れだった。私たちはその場で「たった一人の私」でありながら、ケイタマルヤマに心を救われた「私たち」としてそこにいた。展覧会を抜けると、あちらこちらにケイタマルヤマの洋服を着た人とすれ違う。大好きだからこそ、すぐわかる。
初めて東京でケイタマルヤマの洋服に触れた日、名古屋の自宅まで4時間、泣いて帰ったことを今でも思い出す。私生活が死ぬほど過酷で「気が狂いそうだった」からこそ、初めてその服に触れた時、私も「好きで好きで気が狂いそうだった」。思えばあれは恋愛に近い熱量だった。そんな顔で、生き別れの恋人に会ったような私たちは、展覧会をあとにする。
岐阜市出身の歌人野口あや子さんによる、エッセー「身にあまるものたちへ」の連載。短歌の領域にとどまらず、音楽と融合した朗読ライブ、身体表現を試みた写真歌集の出版など多角的な活動に取り組む野口さんが、独自の感性で身辺をとらえて言葉を紡ぐ。写真家三品鐘さんの写真で、その作品世界を広げる。
のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。