岐阜市産のワインがあるのを知っていますか? 製造するのは親子3代、およそ100年続く醸造場「長良天然ワイン醸造」(岐阜市長良志段見)です。自社生産を含む有機栽培のブドウを使い、天然酵母による昔ながらの製法で醸された“自然派”ワインは、食通の間で評判を呼び、全国にファンがいます。気候の温暖化によりブドウの栽培管理には難しさもありますが、味そのものはおいしくなっているそう。2024年産の出来などを取材しました。
長良天然ワイン醸造がある岐阜市長良地域はブドウの産地として知られ、毎年夏になると直売所が並びます。長良川右岸の砂地で水はけの良い土壌を生かして、30以上の農家が約8ヘクタールの畑でブドウを栽培しています。デラウェアや巨峰、シャインマスカットなど生食用がほとんどですが、中にはワイン用の品種も栽培されています。かつてはワインの醸造場も数軒ありましたが、現在は長良天然ワイン醸造のみとなりました。
◆長良川右岸に広がるブドウ畑
地図を頼りに向かってみると、長良川右岸を走る県道沿いに、ブドウ畑が広がる一帯が見えてきました。取材した11月末のブドウ畑は黄色くなった葉の多くが地面に落ち、静かな印象です。
畑の間の小道を行くと、現れたのは一見、ごく普通の民家。敷地の入り口に立つ「長良天然ワイン醸造」と記したピンク色の看板だけが、ここが目的地だと教えてくれています。恐る恐る歩を進めると、店舗兼事務所と思しき建物があり、現経営者の林真澄さん(68)が出迎えてくれました。
「昭和初期に祖父が葡萄(ブドウ)酒を造り始めて、私で3代目。近くにブドウ畑があって、栽培から果汁を搾る作業、タンクでの仕込みまで、ほとんどを夫婦でやっています。搾りは機械でやるようになったけれど、製法は昔のまま。仕込みは庭にある蔵でやっています」
◆200年前の蔵で仕込み
その蔵は江戸時代の天保期、およそ200年前からあるとのこと。長年の風雨でところどころに傷みがあるものの、修繕を繰り返しながら現役で使用しています。「祖父はもともと日本酒の量り売りをやっていて、そのための酒蔵だった。山梨からこの地域にブドウの栽培が持ち込まれた時、祖父は山梨の醸造研究所と手紙のやり取りをしたりして葡萄酒造りを覚え、この醸造所を始めたようだ」
蔵の中には仕込みに使うホーロー製のタンクが並んでいます。「発酵中はタンクの横で夜を過ごす。発酵の時に熱が発生するんだけど、熱くなりすぎるとワインの風味が飛んでしまうから、タンクの中に水入りの瓶を入れたりして調整するんだ。3日続けてやることもあるよ。そういう時期が一カ月半くらいあるから、やっぱりきついよね」
◆40%が自社栽培のブドウ
フランス語で「森」を意味する「Le Bois(ル・ボア)」と名付けられたワインは、デラウェアが原料の白ワイン、マスカット・ベリーAという日本固有種のブドウを使った赤ワインなど6種。取材時には、店頭に2024年産の新酒もありました。
「ブドウの種類や気候にもよるけど、夏に収穫して搾り、仕込むから、早い種類だと9月ごろから新酒が出始める。今年もそろそろ終わる頃だね。うちのワインは保存料を入れていないから、刺激臭がなく、栓を開けたすぐから香りが立つ。そして、後味が残らず、すっと消えていくのが特徴かな」
使うブドウは自社農園産のほか、地元・長良産や長野など県外の契約農家から仕入れたもので、いずれも有機栽培にこだわっています。「今は40%くらいが自社栽培のブドウで、年間3万本弱を生産しています。前は赤と白しかなかったけれど、県外のブドウも使うようになって種類を増やした。メルローとかロゼとか」
老舗醸造場の主としてワインへのこだわりを語る林さんですが、「若い頃はまったく継ぐ気がなくて、手伝いも少し搾りをやったくらい」と明かします。実際、学校卒業後は百貨店に就職し、婦人服のバイヤーとして各地を飛び回っていました。
◆手をかけるほどおいしく
状況が一転したのは1988年12月、2代目である父昭さんの急死でした。林さんは当時32歳。「タンクに仕込みを終えたワインが残されてね。最初は廃棄しようと思ったんだけど、ほしいと言ってくれるお客さんの声を聞いて、1、2年だけでもやってみようと思って始めたんだ」
もともと継ぐつもりがなかったため、一からワイン造りを学びました。山梨に足を運んだり、付き合いのあったオーストラリアの農園から教えを受けたり。「初めて仕込んだ時は、やっぱり父のものとは味が違うなと思った。いろいろブレンドを試しながら、ようやく『これでいけるかな』という味になったのは7、8年たったころかな」
代替わりして36年。今では林さんの醸造技術にほれ込んだ固定客が多くいます。「口コミで広がったようで、注文の多くが東京や関西など県外から。オーガニックレストランなどで使ってもらっています」
「ワイン造りは生きた酵母を相手にするから、年によって大きな違いが出る。ブドウ栽培もそうだけど、手をかければかけるほどおいしいものができるのが楽しいよ」と林さん。
◆今年のワインは味が凝縮
近年の気候変動はワイン造りにどう影響しているのでしょうか? 「夏の暑さ自体はブドウの味を良くする。ただ、ブドウ栽培には寒暖差も大切で、最近は夜の温度が高すぎるね。おいしいブドウもできるけど部分的というか、管理は難しくなっている」
では、2024年産の味は? 「今年はいいよ」とにっこり。「夏が暑かったからブドウの出来はいい。実に含まれる水分の量が少なくて、果汁の収量が通常の3分の2くらいしかないんだけど、その分ぎゅっと味が凝縮したワインができた」と、手塩にかけたワインが並ぶ棚を愛おしそうに見つめました。
取材の後、林さんが太鼓判を押す2024年産新酒をいただいてみました。開栓してすぐ、酸を含んだ爽やかな香りが立ち上ります。お薦め通り、少し時間を置いてから口に含むと、新酒らしいフレッシュな果実味に続いて、ふくよかな甘みとこくが舌の奥に広がりました。後を引かない上品な飲み口は料理の味を邪魔せず、各地にファンがいるのも納得です。
ワインは店頭のほか、通販サイトなどでも取り扱っています。(取材・文 西山歩)
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