その昔、それは半世紀も前のことです。
 スポーツ漫画のヒーローではなく、事故死したライバルキャラクターの葬儀が現実世界で営まれたという出来事がありました。
 読経があり、焼香がありの本格的なもの。自然発生的というより、プロモーション的な要素もあったのでしょうが、それでも当時、この作品に寄せられていた人々の没入感が、いかに強烈であったかを示す“事象”として、50年を経た今も語り継がれています。

 その現代版、とでもいうべきでしょうか。
 昨年夏ごろでしたか、ある女性がAI(人工知能)からのプロポーズを受け入れたというニュースが配信されました。
 その女性は、彼との“会話”に安らぎや癒やしを感じて、ということのようですが、しかし一方で彼が現実世界の存在ではないことは十分認識したうえで、そしていつか会話できなくなる可能性もあり得ると覚悟したうえで、なのだそうです。

 今や、広げた新聞の一面にどれだけの数の「AI」という文字が躍っていることか。
 AIが私たちの生活全般を劇的に変えていくのは、もはや間違いないでしょう。
 とはいうものの、どこにAIとの関わりを線引きする基準を設けるのか、AIに意思はなく、要は使いこなす人間側次第で有用性は大きく異なっていくようでもあります。

 いつか、AIが資産運用における「相談できる人」となる、対面型の金融機関の担当者にとって代わる日がやって来るのでしょうか。

◆AIは「相談できる人」をしのぐ存在に?
 AIは、「既存」「既知」のものの分析、選択肢の提示には長けていて、今でも瞬時の判断をする場合の優秀なサポーターとして活用している方も多いことでしょう。
 かくいう筆者も、AIの“意見”を参考にさせて貰うことがあります。

 筆者が頼りにしているAIは、...