スピードとパワーを競う人馬の格闘技であるレース中に、コースアウトして落下した「飛行物体」とは? まさかのアクシデントにファンから驚きの声が上がった。
笠松競馬場ゴール板の真ん前で、競走馬の蹄鉄がスタンド方面に猛スピードで飛んできたのだ。一歩間違えば顔などに直撃し、命を脅かす危険な事態にもなっていた。
ファンによって企画された個人協賛レース「アオラキ杯」(3歳12組)で起きた目の前でのハプニング。競走馬とファンとの距離がすごく近い笠松競馬場ならではなのか。外ラチ沿いには観戦者もいたし、非常に危険なワンシーンだった。幸い観客にけが人はいなかったが、落鉄してスタンド前に飛来した1枚の蹄鉄は目撃者たちをびっくりさせた。たまたまその場にいて、ファンが拾い上げた落下物を確認した。今回はアイドルホースの冠レースで起きたその瞬間を深掘りした。
■「純白のアイドルホース」アオラキの聖地で冠レース
9月25日1、2Rで人気馬のスティルアイライズ(愛称・まめちゃん)とボッチョが走った後の3R。ラチ沿いのファンの数はやや減っていたが、ゴールドシップ産駒で「純白のアイドルホース」として笠松で3勝を挙げて熱い視線を浴びた人気馬をしのぶ「アオラキ杯」。ネット上のライブ映像では全国のアオラキファンも注目していた。
昨秋「一陣の白い旋風」が先頭でゴールを駆け抜け「ラキちゃん、やった~」と推し馬の快走に絶叫、ラチ沿いファンらを熱狂させた。アオラキはちょうど1年前の9月25日、笠松5Rに笹野博司厩舎から出走し、名古屋の加藤聡一騎手が好騎乗。1コーナーで先頭を奪うと最後の直線で突き放して6馬身差の圧勝。アオラキが最も得意とした笠松1600メートル戦で3勝目を飾り、JRAへの復帰を果たした。ところが11月15日、アオラキはJRA18戦目となった福島8R(芝)で左前脚に故障を発生し、競走中止となり天国へと旅立った。
アオラキ杯は笠松で通算3勝目をゲットした記念日(9月25日)であり、母カスタディーヴァの誕生日も祝う個人協賛レースとして実施された。「あなたの一ファン」さんから協賛メッセージが寄せられ「一頭の白馬が3勝目をあげ笠松を去っていきました。そしてターフから戻りませんでした。残念でなりません。君の頑張る姿、愛らしい姿を今でも思い出します。これからもずっとあなたのファンです」とアオラキ愛のメッセージが寄せられた。
■放物線を描いて外ラチを越え、目の前に落下
1400メートル戦、1頭取り消しで7頭が出走した。アクシデントは1周目ゴール前で起きた。最初の直線を疾走していた1頭の馬の蹄鉄が外れ落ち、左斜め前に放物線を描いて外ラチを越えたとみられ、スタンドに向かって勢いよく飛んできた。ゴール真正面のスタンドでカメラを構えていたが、外れた蹄鉄がビューンと飛来して、3メートルぐらい前に落下したのだ。
蹄鉄は馬の蹄を保護するために装着され、人間でいう「靴」のような役割を持っているが、レース中に「落鉄」したのだった。コース内ではたまにあるが、柵を飛び越えてスタンド付近にまで達するのは笠松でも極めて珍しい現象。
■落下物が蹄鉄だと分かりびっくり、身の危険も
落下地点近くで観戦していて拾ったファンは「蹄鉄が飛んできた」とその「物証」見せてくれた。いつもはゴール前付近に立って撮影しているが、このレースでは客席2列目に座っていた。スタートした馬が通過時に「カチン」という音がしたそうで、近くに飛んできた落下物が蹄鉄だと分かりびっくり。
「いつものようにゴール前付近にいたら、当たっていたかも」と身の危険も感じたという。レース後で近くにスタッフがいなかったため、拾い上げた蹄鉄は実況アナを通じて、関係者に届けられたようだ。
9月後半戦はシルバーウイーク初日(22日)に入場者3661人とにぎわったが、最終日の25日は861人。スティルアイライズとボッチョのレース終了後の3Rで、ラチ沿いファンの数は少なくなっていた。もし盛況だった初日のようにファンがスタンド前も埋めていたら、蹄鉄は非常に危険な「凶器」となって、けが人が出ていた可能性もあった。
■「蹄釘」2本が外れており、落鉄につながった
レース中の落鉄では、蹄鉄を固定している数本の「蹄釘(ていちょう)」が衝撃などで緩んだり、後ろ脚で前脚の蹄鉄を引っ掛けたり踏んだりして、丸ごと外れることがある。一般的に蹄釘は6本(左右に3本ずつ)打たれることが多い。今回の落下物の画像を確認すると、蹄鉄を固定する片側の2本が外れており、落鉄につながったとみられる。
落鉄したのはどの馬だったのか。常連の男性ファンによると「一番後ろを走っていた馬」だそうで、牡3歳のサンマルオブウォーだったとみられる。笠松初戦の追い込み馬だが1周目から先頭に10馬身以上離されており、脚元に違和感を感じていて蹄鉄が外れたのか。ゴールでは5着馬からも8秒以上離され「タイムオーバー」となり、2週間の出走制限を受けた。レース中に落鉄すると、競走馬はバランスを崩し失速。一般的にはスピードが落ち、大敗することがある。
■アオラキの魂が天国から聖地に降臨したかのよう
笠松競馬場を愛し、今も昭和モードの「走るロマン」を求めるファンの一人としては、別の視点からアオラキ杯への思い入れが強かった。勝手な妄想ではあるが、このレースではアオラキの魂が天国から3勝を飾った聖地に降臨したかのようだった。「大好きな笠松でもっと走りたかった、勝ちたかった」と入れ込んで、勢い余って蹄鉄を高く舞い上がらせたかのようにも感じたのである。
ゴール板の延長線上にあるスタンド前に蹄鉄が落下するとは前代未聞の珍事。長い日本の競馬史でも聞いたことがないし、偶然にしては出来過ぎているではないか。追悼の思いも込めて、アオラキストーリーの新たな伝説の1ページに加えることにした。
■「加藤聡一&笹野コンビ」に導かれた神がかり的なレース
「アオラキfamily」公式Ⅹでは「9月25日は、アオラキくんが笠松で通算3勝目を挙げた記念日です。なんと!ファンの方がその3勝目を記念して、笠松競馬で個人協賛競走『アオラキ杯』を企画してくださいました。みんなで一緒に盛り上げましょう」とファンに伝えていた。
蹄鉄が飛んだ後、さらに1周したゴールシーンでは、アオラキファンの胸がときめくレース結果となった。JRAから笠松移籍2戦目で初勝利を挙げた3歳牝馬ヴェネラブルは、アオラキが1年前に3勝目を飾った笹野博司厩舎の所属馬で、同じく加藤聡一騎手が騎乗していたのだ。
アオラキが天国から見守ったかのような神がかり的なレースとなり「加藤聡一&笹野コンビ」に導かれたかのようにヴェネラブルは1着でゴールを駆け抜けた。レース直後、協賛ゼッケンを手にした優勝ジョッキーとの記念撮影はなかったが「ずっとあなたのファンです」という協賛者の熱い思いは十分に届いたことだろう。
■「全頭の単勝買った、幸せな気持ちに」「競馬の神様がいるのかも」
ネット上では協賛レース開催をたたえるアオラキファンらの声もあふれた。
「せっかくだし全頭の単勝買っていました。応援していた子の名前のレースなんてなかなかないので記念になりました。アオラキはいつもすごいね。今でもずっと感動させてくれたり、幸せな気持ちにしてくれる」
「アオラキ杯が開催されたことにそれだけで涙が止まりません」
「アオラキ君3勝目と同じ笹野厩舎&加藤(聡一)騎手。とても縁を感じるレースと勝利でした」
「アオラキ杯の結果見てるとほんとに競馬の神様がいるのかもしれないと思うな」
このレース、アオラキと同じゴールドシップ産駒 でJRAから移籍したナイア(牝3歳、伊藤勝好厩舎)は笠松デビュー戦。期間限定騎乗中で愛称「浦和のマイケル」の赤津和希騎手が騎乗した。気性的にやや難しい面があるそうで、後方のまま6着に終わったが、まだ成長途上で今後は同世代のスティルアイライズやブッチョと一緒に走るレースもありそうだ。
■落鉄、イソノルーブル事件では「競走能力を減退させる決定的な要因とはならず」
レース中の落鉄について改めて検証すると。思い出されるのが1991年桜花賞でのイソノルーブルの「落鉄事件」。スタート直前に、圧倒的1番人気だったイソノルーブルの右前脚の蹄鉄が外れたトラブル。馬が興奮し暴れて打ち直しができないまま出走し5着に敗れた。オークスではハナ差でリベンジ。松永幹夫騎手は涙の勝利となった。
桜花賞でイソノルーブルが蹄鉄を装着しなかったことは「競走能力を減退させる決定的な要因とはならない」という判断だった。打ち直しが失敗したことはファンに告げられず、馬券購入者がJRAに損害賠償を求める民事訴訟を提起する事態に至ったが、請求は棄却された。
「蹄鉄は紙一重で狂っちゃうからね」と語っていたのはオグリキャップの調教師だった鷲見昌勇さん。笠松では装蹄師の三輪勝さんに頼んで打ってもらっていた。キャップは中央に移籍したが、再デビューで蹄鉄が合わなかった。三輪さんは特例で中央の免許を取って、レースがある日は東京でも京都でも駆けつけ、ほとんどの「勝負鉄」を打ってキャップの中央での活躍を脚元から支えた。
■スピードと遠心力で高速回転、直撃すれば大けがも
笠松競馬場では落鉄後、スタンド前まで蹄鉄が飛んでしまったが、レース中にいったい何が起きたのか。
競走馬は時速60キロ以上の猛スピードで走り、激しいフットワークで蹄鉄を固定するくぎが外れたりする。また後ろ脚が前脚の蹄鉄の付け根を踏みつけて引っ掛けてしまうことも原因となる。
外れた蹄鉄はすさまじい遠心力で前後に吹き飛び、放物線を描いて大きく宙を舞うことがある。蹴り出す脚のスピードと遠心力が加わることで、蹄鉄はフリスビーやブーメランのように高速で回転しながら、前方や斜め前方へと飛ぶこともある。蹄鉄が観客席まで飛んでくることは極めてまれだが、地方競馬では笠松のように実際に起こり得る現象となった。
競走馬がレースで使用する蹄鉄は、負担軽減のために鉄ではなくアルミニウム製の軽いものが主流で重さは100グラム程度。エッジのある金属の塊が高速で飛んでくるため、もし人に直撃すれば打撲や骨折、最悪の場合は深刻なけがにつながる危険性があるという。
■五十嵐雄祐騎手、競走中に他の馬の蹄鉄が左手に当たり骨折
中央競馬では、レース中に外れた蹄鉄が他の騎手に直撃する事故が起きたこともあった。
五十嵐雄祐騎手は2022年7月、福島での障害レース中に蹄鉄が当たり負傷した。他馬から外れて飛んできたか、あるいは接触した他馬の蹄鉄が左手に直撃し、骨折する大けがを負った。
■ファウルボールのように「飛んでくる蹄鉄」に警戒を
コースと観客席の物理的な距離が近い地方競馬場では、角度や勢いによって外ラチを越えて観客席側エリアまで飛んでくることが、今回の笠松で判明した。
プロ野球の試合では、スタンドに危険な打球が飛び込んだりした際、観客に注意を促すために笛での合図や「ファウルボールにご注意ください」などと場内アナウンスが行わている。
競走馬とファンとの距離が最も近い笠松競馬場では、今回のような「危険な飛行物体」を教訓として、ラチ沿いやスタンド一帯で観戦する際は「飛んでくる蹄鉄」を警戒していただきたい。
■アイドルホース「まめちゃん&ボッチョ」新コンビ
アオラキ杯の前には1Rでまめちゃん、2Rでボッチョの新コンビが登場した。共に3歳牝馬で馬主さんと生産牧場が同じ。川嶋弘吉厩舎に所属し、松本一心騎手が主戦を務めている。
「笠松のアイドルホース」まめちゃんに続き、ボッチョも「仔馬カメラ」で誕生から成長までが配信され、多くのファンに見守られてきた。中央で4戦未勝利を経て9月に笠松へ移籍。初戦からファンの温かい応援と人気を集めている。父オルフェーヴル、母ブラーノ(母の父キングカメハメハ)。
■愛情を注がれて育てられ、人が大好きな「ラチ沿いの天使」
まめちゃんは夏バテもせず、調教から変わりなく元気いっぱい。馬体重は438キロでプラス2キロで、笠松9戦目を迎えた。「ラチ沿いの天使」が聖地に降臨。パドックを出るといつも通り落ち着いていて、カメラやスマホを構える大勢のファンたちにごあいさつ。厩舎スタッフに愛情を注がれて育てられ、人が大好きなようだ。これだけでもラチ沿いで撮影し、愛らしい姿を見守る価値はある。まめちゃんは目の前をゆっくりと4コーナー方面に向かい、返し馬で雄姿を披露してくれた。
レースはここ2走に続き800メートル戦。牝馬限定の3歳未勝利戦で、松本一人騎手も「まず掲示板に」と懸命に前を追ったが、タイムを詰められず52秒3で8頭立ての7着に終わった。それでも「頑張れー」の声援を浴びて無事ゴールイン。結果にはつながらなかったが、1カ月ぶりのレースで元気な姿を見せて完走してくれたことが、一番のファンサービスになった。
■ボッチョはテンション高かったが、4着で「掲示板デビュー」
続く2R。発走前に1頭がゲートをくぐり抜けて、鞍なども落としたまま「裸馬」の状態で放馬するアクシデントが発生。波乱含みの様相となったが、レースは全馬が無事スタート。注目馬のボッチョは、パドック周回からテンションが高く、返し馬ではラチ沿いに馬体を寄せずに1コーナー方面へダッシュ。ファンを残念がらせたが、レースではまずまずの走りを見せてくれた。
笠松初戦(3歳11組)は6着だったが、中1週で挑んだ2戦目(3歳13組)は2番人気で好走した。馬体重は435キロでプラス2キロ。4番手から追い上げ、最後の直線では3着に上がったが、ゴール前で外から伸びた馬にかわされてクビ差の4着。惜しくも馬券圏内を逃し、着順が点灯するとファンからため息も漏れたが「掲示板デビュー」を果たすことができた。タイムは1分33秒3で前走より2秒以上詰めており、コース慣れでさらに上を目指せそうだ。
「まめちゃん&ボッチョ」の強力タッグ。関東や九州などから応援するファンが来場することもあり、アイドルホースの出走は全国のファンの注目を集めている。遠来の方たちの声援は本当にありがたいことである。
■古馬戦に編入され条件緩和、実りの秋で「まめチャンス」期待
10月のレースから3歳馬は古馬戦に編入され、未勝利のまめちゃんとボッチョはC級20組台のレースに出走することになりそうだ。成績不振の古馬たち(4歳以上)が相手なら、3歳馬の方が優位で条件緩和となる。ただ同世代の出走も多く、当日のメンバー次第となる。また近走不振馬を集めて最終レースで実施される「C級サバイバル」に出走できる可能性もある。
まめちゃんとボッチョがこのまま笠松で走り続けてくれれば、上位進出の可能性は高まる。実りの秋で「まめチャンス」を期待したい。ボッチョは前走惜しい4着だったし、次走は馬券圏内が有望になりそうだ。
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(筆者・ハヤヒデ)電子メール ogurinosato38hayahide@gmail.com までお願いします。
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