調教中に騎手を振り落とし放馬、装鞍所ゲートから場外へ脱走した競走馬が堤防道路や名鉄の線路上も走った。
このところ平穏だった笠松競馬場で起きた未明の緊急事態。けが人はなかったが、馬の逃走経路によっては重大事故につながる危険性があった。放馬を知らせるサイレンは鳴ったが、他の馬を出すためゲートが開けられた一瞬の隙を突かれ、場外への逃走を許してしまった。2013年10月に起きた堤防道路での衝突、死亡事故の教訓が生かされず、安全管理対策をすり抜けてしまった。
■競馬場内での安全管理、再び「赤信号点滅」
笠松競馬の存続を大きなテーマにしている「オグリの里」では、今後の事故防止と競馬場の永続を願って、今回の競走馬脱走を検証してみた。二度とあってはならない問題で、レース運営の大前提である安全管理は再び「赤信号点滅」の状態になった。
アクシデントは10月17日午前3時27分に発生した。笠松競馬場のコースで調教中の3歳牝馬がインド人厩務員を落馬させて放馬。開けられていた装鞍所ゲートから場外に脱走。約5分後、1.1キロ先で確保された。脱走した馬は名鉄名古屋本線の線路沿いに南へ逃走したが、衝突事故やけが人などはなかった。
笠松競馬場は1周1100メートル。ゴール板やパドックがあるスタンド前で放馬したとみられ、カラ馬はコースを周回後、1~2コーナー奥にある装鞍所エリアに入った。
未明、興奮状態にある若駒の荒々しい動き。装鞍所東門の出入り口ゲートは閉められていたが、他馬退出のために警備員が一時的にゲートを開けた隙に、カラ馬が先に東門へと接近。閉鎖が間に合わず装鞍所ゲートを通過し、場外に脱走してしまった。
■町道から堤防道路に上がり、名鉄踏切を左折し木曽川鉄橋手前で確保
逃走馬はその後、装鞍所北側の町道を西進して堤防道路に上がった後、名鉄の踏切内に侵入し愛知県方面へ逃げたという。線路上を木曽川鉄橋の手前まで300メートル余り走ると、行き場を失ったのかストップ。追跡していた馬道監視員に線路内で確保された。名鉄は貨物列車を運行しておらず。まだ始発前で鉄道の運行に影響はなかった。脱走後は馬道監視員らの迅速な連携で、人的被害はなく逃走馬を確保できた。
競馬組合では再発防止に向け、場内での放馬時はゲートを完全に閉鎖するよう警備関係者らに徹底。「放馬は重大な事故に発展する危険性があり、今後も関係者一同、より一層気を引き締め、想定した訓練を実施するなど、放馬防止に努めてまいります」と発表した。
場外で放馬が発生するたびに再発防止を誓うが、人為的なうっかりミスこそが競馬場の運営自体を危うくする。
■サイレン鳴っていたが、ゲートを完全封鎖できず
当時調教中だった騎手や現場の警備員らによると、場内では放馬を知らせる緊急スイッチによるサイレンが鳴っていたという。競走馬には外に出る学習能力と記憶力があり、一瞬の隙にゲートを突破したようだ。結果的には「放馬時にはゲートを完全封鎖する」という初歩的な安全確保の対策が現場で徹底されていなかった。
放馬時には、コースを暴走して周回するカラ馬をどう止めて確保するか。場外への脱走を阻止する最重要地点が装鞍所ゲート。そこが開いていて、脱走を助長してしまったのが今回で、これまで何度も実施されてきた放馬対策訓練が生かせなかった。
■名鉄線に侵入、堤防道路直進なら衝突事故の可能性も
「馬場管理総合センター東門」のゲート前では警備員2、3人が約1.5キロ離れた円城寺厩舎に戻る競走馬(厩務員らが騎乗)を監視し、ゲートを開閉している。また北側の堤防道路では馬道監視員が多数配置され、通行車両の制御や馬の誘導を行っている。
逃走ルートとしては、装鞍所ゲートから脱走した馬は、町道や堤防道路を通って名鉄線路内に侵入。「笠松カーブ」と呼ばれる名鉄電車の撮影スポットも駆け抜け、競馬場の外周を左回りで逃走する形となった。
この動きは結果的に車などとの衝突事故を引き起こさなかった。町道を抜けて堤防道路に上がった脱走馬は、名鉄踏切に遭遇した。ここでそのまま堤防道路を直進していれば、笠松町役場の南側から木曽川橋西交差点へと向かうことになったのでは。かつて同じような時間帯に死亡事故があったように、車との衝突は避けられず重大事故を引き起こしていた可能性は十分にあった。
ところが脱走した3歳牝馬は、踏切地点で視界の上部に障害物のような遮断機が見えたためか。馬には視界が開けている方向へ逃げようとする習性があり、直進せずに踏切のレール上を左折。名鉄の線路内に侵入し、左回りを続けた。だが馬もさすがに鉄橋は渡れなかったようだ。鉄橋上では、上下線のレール間は空洞になっており、直進して渡ろうとすれば木曽川に転落していたかもしれない。
逃走にも疲れ切って鉄橋手前でストップした3歳牝馬は、追い掛けてきた馬道監視員の手で確保された。馬が堤防道路ではなくレール上を走ったことで、大きな事故には至らなかった。逃走馬の確保で「けが人とかなく、車にぶつからなくて良かった」「不幸中の幸いでは」といった競馬ファンの声もあった。
■「多分、馬が物見したんでしょうね」
当時、多くのジョッキーたちが攻め馬に励んでいたが、放馬・脱走で大騒ぎになった。コースで厩務員を振り落としたが「多分、馬が物見したんでしょうね。ゴール板のところ装飾してあって、すごい『物見』をするんですよ」との声も。ゴール板は笠松グランプリ向けに飾り直されたばかりで、それを見た馬が驚いて変な動きをして厩務員が落馬したのではという。
物見とは、 馬が不意に何かの物に驚いて騒いだり、止まってしまったり、また横に飛んだりする動作や癖をいう。バランスを崩したりすることで、騎手のけが(落馬や歯の破損など)につながることもある。中央のレースではハロン棒の影や芝の切れ目に驚く馬もいるという。
放馬を知らせる緊急ボタンが押され「サイレンはずっと鳴っていたし、みんな分かっていたはずなんですけど。出ようとした他の馬がいて、ちょっとだけ開けていたのかもしれませんね」。気が付いていても、うっかりゲートを開けてしまったのか。「止めなきゃいけないですね。いくら他に出る馬がいても」
■「柵を倒しバカバカッという音」「馬はどこへ行ったか」
他のジョッキーは「(死亡事故など)前例もあるから開催自粛になるかもしれない。サイレンが鳴っていたから、馬を止めないのは駄目ですよ。(車などに)ぶつかってなくて誰にも被害はなかったが」。ゲートを出ると「くるっと左へ回って、堤防道路下の装鞍所裏側へ行った。途中に柵が置いてあるが『バカバカッ』という音がしたから、なぎ倒して坂からずっと行っちゃったじゃないですか。馬はどこへ行ったかと、みんな騒いでいました」。
またコース内では「あの日は馬みんな、ものすごく物見してました。ゴール板だけでなく、内ラチのところもパッケージしてあったので変に光るから物見するんですよ。馬はみんな怖がっていましたよ、2歳馬なんか特に。(放馬は)横にぶっ飛んだりして、振り落としたのかもしれない」。装鞍所にいた調教師は「馬は逃げたが、堤防には行かなかった。(馬道監視員が)堤防で止めたから、逃げ道として下の方を通った」という。
■堤防道路に向かってきた脱走馬を帯状の放馬止めロープで遮断
馬道監視員は堤防道路に向かってきた脱走馬を、帯状の放馬止めロープでブロックした。「これで遮断し、旗を振って警棒で制止したら、堤防下の道を西の方にすごい勢いで逃げていった。(堤防に上がってきたら)車にぶつかってしまうので一生懸命に止めた。一瞬のことで、中からも何人か来て馬を追い掛けていった」
この時の状況について「場内では騎乗していた厩務員を落馬させ、カラ馬がぐるぐると走っていた。途中から装鞍所に戻って来てどこに行ったのかなと思ったら、ゲートが開いていてこっちへ来たのでびっくりした。サイレンがウーッと鳴って、道路脇に設置された赤色灯がピカピカ光っているのが長かった」という。
調教時の堤防道路での警備は、円城寺厩舎からの馬の移動(深夜から午前7時)に伴い実施。交通量に合わせて5~8人ほどの警備員が配置されている。
■「死亡事故が起きたのも10月、その教訓が生かされていない」
ファンからは「死亡事故が起きたのも10月で、その教訓が生かされていない。線路上を走ったとか、5分で捕まえたとかの問題ではないのでは。放馬対策がしっかりしているといっても、決めたのならマニュアル通りにきちんとやってくれないと。調教を行っている騎手らは(放馬対策を)信用してやっている。落馬は防げないから」。
競走馬のおかげで経営が成り立っている競馬場。「パートの人とかでも働いている以上は笠松競馬の一員だから。(ゲートを開けたのは)他の馬を出そうとしたということだが、しっかりとやってもらわないとファンも悲しい」
県内各自治体での防災訓練は、新聞記者として数多く取材したし、東海地震発生を想定した危機管理マニュアル作りを何度も担当してきた。防災訓練では「安全対策を万全に」といったトップの訓示に従って、皆さん一生懸命、真剣に取り組まれていた。それでも訓練の多くは午前中にスジュール通りに進められる。想定外の緊急事態はいつ、どのような規模で発生するか分からない。今回のような放馬は未明の発生が多く、逃走馬の一瞬の動きに対応しきれず。ゲートという最後の大きな関門で、安全対策がすり抜けてしまった。
■ヒヤリ、レース前の返し馬でも放馬
放馬はレース前の返し馬やゲートインでよく見掛けるシーン。22日の笠松10Rでもパドックから本馬場入りした馬が騎手を振り落として放馬。コースを2周した後、馬は放馬止めロープで装鞍所に誘導され、確保された。暴走している馬はすぐに止められないが、疲れて走るのをやめようとするので、このタイミングで確保するのが有効のようだ。ただ装鞍所のゲートが開いていたら脱走してしまうだろう。放馬直後の開催でもあり、関係者やファンもヒヤリとさせられた。
■死亡事故では警備員が持ち場を離れていて、東門鉄柵は開放状態
2013年10月28日、調教で放馬した競走馬が軽乗用車と衝突し、運転していた男性が死亡した大事故。調教師らが非常ボタンを押し「(鉄柵を)閉めろ」と叫んだが、装鞍所東門の警備員は持ち場を離れていたため、鉄柵は開放状態。脱走馬は約300メートル東の堤防道路で、男性が運転していた軽乗用車と正面衝突した。軽乗用車は弾みで対向してきた乗用車にも衝突。2人が死傷し馬も亡くなった。
地方、中央競馬で前例のない惨事となったが、このときも放馬事故の再発防止対策が生かされていなかった。競馬場運営での安全管理の姿勢が問われた。関係者は「競馬場内で止めていれば、死亡事故は起きなかった」と対応を悔やんだ。
■再び重大事故を起こしたら競馬場自体の存続が問われることに
2019年6月には、笠松競馬の円城寺厩舎内で、放牧から戻る途中の4歳牡馬が放馬、脱走し住宅地を駆け抜けた。ごみ収集車のエンジン音に驚いて暴れだし、厩務員が握っていた手綱を切って逃げた。走行距離は約1500メートル。JR東海道線の踏切を渡り、国道22号西の田んぼで厩務員に確保された。笠松競馬では事故を重く受け止め、1開催を自粛した。今回の放馬・脱走後の岐阜金賞シリーズではヤングジョッキーズシリーズ笠松もあり、自粛されることなく開催された。
2022年にも相次いだ一般道での放馬。事故防止のため、離れた円城寺厩舎から競馬場隣接地への移転集約事業は進められているが、競馬場内から競走馬を脱走させてしまっては、笠松を応援するファンもあきれるばかりだ。再び重大事故を起こしたら競馬場自体の存続が問われることになる。
組合では死亡事故があった10月28日を「放馬対策の日」と定め、定期的に研修を行って再発防止への意識を高めてきた。放馬のケースごとに、警報装置の作動やロープでの封鎖といった非常時の対応を確認してきた。事故の教訓を風化させないよう、定期的な訓練を続けることがリスク回避につながる。
それでも「また笠松か」と一般道への放馬が相次ぎ、再発防止策は掛け声倒れなのか。場内で放馬があれば、馬は装鞍所に逃げ込むことも多いが「放馬時のゲート完全封鎖」は徹底されていなかった。最も重要なゲートでの遮断が機能しなかった。「安全対策の死角」を洗い直し、危機管理意識をより高めることが重要である。
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(筆者・ハヤヒデ)電子メール ogurinosato38hayahide@gmail.com までお願いします。
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