私たちに寄り添ってくれる犬や猫。そんな彼らにも心があります。岐阜市の獣医師で、ぎふ動物行動クリニック院長の奥田順之さんは動物の心と行動の専門家。問題行動の裏にある犬や猫の本心、しつけをテーマに寄稿してもらいます。(月1回予定、岐阜新聞デジタル独自記事です)
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おくだ・よりゆき 獣医行動診療科認定医、鹿児島大学共同獣医学部講師(動物行動学)。年間150症例以上の問題行動を診察する、ぎふ動物行動クリニック院長。動物行動学の専門家として、講演多数。ホンマでっか!?TVにも出演。著書に「犬の咬みグセ解決塾 (2018)」「犬の問題行動の教科書(2022)」「ペット産業CSR白書(2018)」「私の死後も愛犬・愛猫を幸せにする方法(2025)」。動物行動学の専門家として、ペット産業の適正化に取り組んでいる。
◆珍しい病気ではない
深夜2時。静まり返った家の中で、また愛犬が鳴き始める。外に出たいのか、お腹がすいたのか、おしっこがしたいのか…。その要求の正体は分からぬまま、重たい身体を起こし、よろけながら歩き出そうとする愛犬の元へ駆け寄る。抱きしめなだめると、少しだけ落ち着いた気がしたが、すぐにその手を振りほどき前へ前へと進んでいく。家具のすき間に入り込んでは動けなくなり、また吠(ほ)える。もう何カ月、犬も私もまともに寝てないだろう…。
シニア犬の介護をされている方から、こうしたご相談をよくいただきます。長年一緒に暮らしてきた大切な家族だからこそ、何とかしてあげたい。でも、自分の体もついていかない。そのつらさは、経験した人にしか分からないものだと思います。
年を重ねた犬に見られる夜鳴きの多くは、「犬の認知症(認知機能不全症候群)」がその原因です。ある調査では、11~12歳の犬の約3割、15~16歳では約7割に、認知機能の低下に関連した行動の変化がみられたと報告されています。犬の寿命が延びてきた今、決して珍しい病気ではありません。
◆認知症はどんな病気?
犬の認知症では、人と同じように、脳にアミロイドβなどの異常なたんぱく質が溜まったり、酸化ストレスによって神経細胞が傷ついたりすることで、脳の働きが少しずつ衰えていきます。体内時計を調節する機能が落ちると、昼に寝て夜に起きる「昼夜逆転」が起こります。さらに、夜の暗さや静けさの中で、自分がどこにいるのか分からなくなり、不安や混乱から鳴き続けてしまうこともあります。
主な症状には、昼夜逆転、無目的な徘徊(はいかい)、吠え続ける、要求が強くなる、ボーっと一カ所を見つめて動かないことがある、家族や同居動物との関係性が変化する(興味を失う/攻撃的になる等)、トイレを失敗するようになる、食欲が異常に強くなる、といったものがあります。こうした変化は、はじめは「年のせいかな」と見過ごされがちですが、認知症の初期症状の可能性があります。
◆治らないけど予防はできる
認知症は進行性の病気で、完治させることはできません。でも、予防したり、進行をゆるやかにしたりすることはできます。高齢になって行動が変化してきた、認知症かも…と感じたら、一度かかりつけ動物病院に相談してみてください。
犬の認知症への治療については、夜鳴きが続くなど、症状が強くなってきてから、どうしようもなくなって始める方が少なくありませんが、この段階になってくると治療の選択肢が少なくなってしまいます。主には寝かせることを目的に睡眠を誘導するための薬物療法が中心になります。
これが、認知症の症状が軽度なレベル、もしくは、ほとんど症状が現れていない段階であれば、サプリメントで認知機能を維持するといった予防的な対応がより有効に作用します。また、散歩で体を動かす、知育トイやノーズワークで頭を使う遊びをするといった行動の多様性を確保し、心も体も張りのある生活を送ることでも、認知機能の維持が期待できます。症状が深刻になってからではなく、高齢期に入ったら早めに始めることをお勧めします。
◆夜鳴きに対してどうしたら?
では、すでに夜鳴きが始まってしまったらどうすればいいのでしょうか。第一には、日中寝かせておかないこと、活動させることです。昼寝ると夜寝にくくなります。日光に当たる機会を作ることも有効です。体内の覚醒睡眠のリズムを整える作用があります。また、夕方から寝る前までしっかり活動してもらうと、夜間に長い睡眠がしやすくなります。
ただ、それだけで夜鳴きが収まることはなかなかありません。そんな時は、眠りを助けるお薬があります。高齢の犬は薬の効き方に個体差が大きいので、低用量から始めて、獣医師と相談しながらその子に合った種類や量を探していきます。
お薬のお話しをすると、「薬で無理やり眠らせるなんて、かわいそう」「自分が休みたいから薬を使うなんて、悪い飼い主じゃないか」と、ためらわれる方も少なくありません。その気持ちは、愛犬を大切に思うからこそ生まれるものです。
でも、考えてみてください。犬と暮らすのは、犬と人がともに幸せになるためです。眠れない日が何週間も続けば、どれだけ愛情があっても、心と体はすり減っていきます。あなたが倒れてしまったら、愛犬の介護を続けることはできません。夜にまとまって眠ってもらうことは、愛犬を見捨てることではなく、介護を続けていくための大切な治療の一つです。一晩、二晩、動物病院や老犬の預かりサービスに預けて眠ることも、決して逃げや手抜きではありません。
自分を大切にすることは、愛犬を大切にすることにつながっています。どうか一人で抱え込まず、かかりつけの獣医師や、行動診療を行う獣医師に相談してください。飼い主さんが少しでも笑顔を取り戻せたら、きっと愛犬も穏やかに、残りの時間を過ごせるはずです。









