ポイント
■人々の関心や認識の中から、生物が失われていく「社会的絶滅(societal extinction)」に着目し、生物が絶滅に至る過程を捉える新たな概念的・定量的評価枠組みを提案 しました。
■枠組みに従い、2020年版日本版レッドリスト に記載された1,155種についてGoogle Trendsによって社会的な認知状況を分析したところ、半数を超える種が社会的絶滅に近い状態にあることが確認されました。
■一方、企業などによる保全活動は、社会的認知度の高い種に偏る傾向がみられました。
■生物学的にも社会的にも危機的な種は保全に向けた支援を受けにくい可能性があり、行政などによる公的な保全の優先対象として考慮する必要性があると考えられます。
概要
生物多様性の損失が世界的に進行するなか、絶滅危惧種をどのように選び、限られた保全資源をどの種に配分するかは重要な課題です。これまで絶滅リスクは、個体数や分布域など、生物学的な状態を中心に評価されてきました。しかし、生物は自然界に存在するだけでなく、人間社会との関係の中にも存在しています。ある生物がまだ自然界に存在していたとしても、人々がその名前を話題にせず、関心を持たなくなれば、その生物は社会の中では事実上「消えている」とみなすことができます。この現象は「社会的絶滅(societal extinction)」と呼ばれています。
今回、東京都立大学大学院都市環境科学研究科の大澤隆文准教授および大澤剛士准教授は、人間社会・心理の中で生物種が消失してしまう「社会的絶滅」という概念について、定量的な評価と検証が可能になる枠組みを構築しました。また、2020年版日本版レッドリストに掲載された1,155種を対象に、Google Trendsによる検索動向を分析し、社会における生物種の存在感を定量的に評価しました。その結果、分析対象となった絶滅・絶滅危惧種の多くは検索される機会が非常に少ない「社会的絶滅」に近い状態にあり、日本版レッドリスト(注1)に掲載されていても社会的な認知は必ずしも高まっていないことが明らかになりました。また、社会的認知度の高い種ほど企業などによるさまざまな保全支援を受けている一方、生物学的にも社会的にも危機的な種では、そうした支援が限定的である可能性が示されました。本研究は、絶滅を「自然界から生物が失われること」だけではなく、「社会から生物が忘れられていくこと」も含めて捉える必要性を示すものです。社会的認知という新しい軸を加えることで、これまで十分な注目を受けてこなかった種を発見し、限られた保全資源の配分や行政による保全施策の優先順位を検討するための新たな視点となることが期待できます。
本研究成果は、2026年10月27日(日本時間)付で国際学術誌『Conservation Biology』に掲載されました。なお、本研究は、JSPS科研費 26K25610の助成の支援を受けて行われました。
研究の背景
生物多様性の損失が世界的に進行するなか、絶滅危惧種をどのように選び、限られた保全資源をどの種に配分するかは重要な課題です。これまで絶滅危惧種は、個体数や分布域など、生物学的な状態を中心に評価されてきました。しかし、生物は自然界に存在するだけでなく、人間社会との関係の中にも存在しています。ある生物がまだ自然界に存在していたとしても、人々がその名前を知らず、話題にせず、関心を持たなくなれば、その生物は社会の中では事実上「消えている」とみなすことができます。この現象は「社会的絶滅(societal extinction)」と呼ばれています。しかしこれまで、社会的絶滅がどのように進行するのか、特に、生物学的な絶滅との関係をどのように定量的に評価できるのかについては、ほとんど検討されていませんでした。そこで本研究は、社会的絶滅のプロセスやその保全への影響を定量的に捉えようとし、絶滅危惧種の保全戦略の改善につなげることを目的に実施されました。
研究の詳細
まず、図1に示すような生物学的および社会的な種の状態と、その絶滅に向けた振る舞い(変遷)に関する枠組みの構築とともに、社会的プレゼンスが時間とともに変遷していく主なパターンの検討を行い、どのようなデータでどのような定量的評価が可能になるかの理論的整理を行いました。

図1 生物学的および社会的な種の状態と、その絶滅に向けた振る舞い(変遷)に関する枠組み
次に、2020年の日本版レッドリストに掲載された1,155種を対象に、4年間(2020年3月末〜2024年3月末)のGoogle Trendsデータを取得し、各種の和名での検索状況を分析しました。Google Trendsは、インターネット上での検索ボリュームから人々の関心度の推移を相対値で表現できる値とされ、関連研究においてもしばしば利用される指標です。検討期間において、週単位でGoogle Trendsの値や変動を通じて、種の「社会的プレゼンス」を評価しました。その結果、日本版レッドリストに記載されている多くの絶滅危惧種が、その検索頻度の低さから「社会的絶滅」またはそれに近い状態であることが判明しました。具体的には、4年間を通して検索がほぼゼロ(Google Trendsの値がゼロとなった週数が200週以上)とされる種が多数存在し、これは社会的に忘れられているまたはそもそも認識されていない、すなわち社会的に絶滅状態にあると判断できました。一方、検索頻度が恒常的に高かった種は、地域のマスコットやアニメキャラクターとしての登場、または高価な食材や観光資源となっていた例もあり、これらの種は民間企業からの寄付や支援を受けやすい傾向がありました。民間企業の寄与は、保全活動への参加、事業活動における配慮、普及啓発など、多様な事例がありましたが、これらも社会的プレゼンスの高い種に偏っていたことが確認されました。興味深いことに、生物学的な絶滅危惧種と社会的な絶滅危惧種は必ずしも一致せず、生物学的にはごく普通に存在する種であっても、社会的には殆ど認知されていない種の事例も確認されました。
図2 生物学的および社会的な種の状態の事例
研究の意義と波及効果
本研究は「社会的絶滅」という概念を、従来の生物学的絶滅リスク評価の考え方も参照しながら、定量的な評価が可能になる枠組みを提供しました。社会に忘れ去られたり、そもそも認識されていない種が、生物学的絶滅に向かう可能性を可視化することは、保全対象 の優先順位付けや資源配分を、より効果的なものにすることに貢献します。特に、社会的絶滅に陥った種については民間セクターからの支援が限定的である傾向が見られ、行政をはじめとする公的な保全施策の重要性が示唆されました。 さらに、本研究はインターネット検索という身近なデータを用いることで、一般市民にも生物多様性保全の重要性と現状理解を促す道を開きました。
一方で、本研究にはいくつかの課題も残されています。例えば社会的な存在感を評価する指標としてGoogle Trendsを使用しましたが、この値が「0」であることは必ずしも検索が一度も行われなかったことを意味するものではありません。また、検索対象も日本版レッドリストにおける絶滅の危険性が高いランクの種に絞っており、一定の偏りがある状態にあります。今後は、新聞記事やメディアへの登場など、他の媒体を対象に、調査対象を広げていくなどを行うことで、より社会的絶滅の実態を精確に明らかにし、保全活動の戦略的計画に役立つ評価手法の向上・改善や、その評価結果を活用した保全が進むことが期待されます。
【用語説明】
(注1)日本版レッドリスト
野生生物について、生物学的観点から、種の絶滅リスクを客観的に評価してリスト化したものです。
【論文情報】
掲載誌:Conservation Biology
タイトル:A framework to assess trajectories of societal and biological extinction
著者:Takafumi Ohsawa, Takeshi Osawa
DOI: https://doi.org/10.1111/cobi.70405










