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オグリの里

笠松競馬、スピーディーな対応で「浄化」を



レースの開催が中止になった笠松競馬場の正門前

 ここは毎度お騒がせの笠松競馬場-。所属する騎手や調教師らが、笠松競馬の馬券を他人名義で購入するなどし、多額の所得隠しがあった問題で大揺れとなっている。

 主催者は「公正確保」のため、当面2月までの開催を中止にして全容解明に努め、3月1日にはレースを再開させたい意向だ。コロナ禍とのダブルパンチ。苦境から立ち上がるためには、スピーディーな対応での「浄化」が求められており、不正のうみを出し切って、再生へとつなげたい。

 笠松競馬は発足以来、これまでにも経営難による存廃問題(2004~05年)をはじめ、競走馬脱走による衝突・運転手死亡事故(13年)など、競馬場自体の存続が危うくなる問題が発生。再生への道のりは険しかったが「馬と共に生きていくしかないんだ」という現場の熱い思いから、最悪の事態は回避してきた。

 今回の所得隠し摘発は、騎手らの馬券購入問題にもメスが入れられ、波紋が広がった。

 岐阜県警は昨年6月、競馬法違反(馬券購入)の容疑で騎手3人と調教師1人の自宅などを家宅捜索。所得隠しとされたのは、引退したこの4人を含め、現役の騎手や調教師、手数料を受け取っていた親族や知人ら計10人ほど。内部情報を悪用するなどして、親族や知人の口座を借りて馬券購入サイトに登録し、利益を得ていたとみられる。警察の捜査は続けられている。

 9~10月、岐阜県、笠松町、岐南町の三者で構成する県地方競馬組合(管理者・古田聖人笠松町長)は騎手や調教師、厩務員計117人を対象に聞き取り調査を行い、「違法な馬券購入は確認されなかった」と説明していたが、古田肇知事は「組合の調査が不十分で、事実に反する説明があった」と述べた。

 県地方競馬組合は22日、弁護士と税理士計4人による第三者委員会「笠松競馬不適切事案検討委員会」を設置。事実関係の究明と再発防止策などを検討。古田知事は「競馬ファンの信頼回復のために、しっかりと検証したい」と2月中に問題を整理し、3月1日からレースを再開できるとの認識を示した。調教師や騎手でつくる岐阜県調騎会は「ご迷惑をお掛けしておわびする。真面目に馬と向き合っている騎手や調教師もいるので、再発防止と信頼回復を徹底しレース再開を目指したい」とのコメントを発表した。

 今後の焦点は事件の全容解明とともに、さらに引退となる騎手や調教師がどの程度出るかだ。古田知事は「インサイダー取引のような疑念を持たれるのは、競馬を運営する上で一番あってはならないこと」と徹底解明を求めている。

円城寺厩舎内を歩いていた競走馬時代のラブミーチャン。世話をする厩務員にとっては家族同然だ

 ■競走馬への補償があれば、希望を持てる

 笠松競馬を長年支えてきた厩舎関係者によると、早朝1時半からの調教は毎日続けられており、騎手たちはレース再開に備えて、能力検査や攻め馬に黙々と励んでいる。

 バブル経済崩壊後、地方競馬は冬の時代が長く続いた。笠松ではラブミーチャン(09~13年)がダートグレードを5勝する活躍を見せたが、その後は中央馬と互角に戦えるスターホースは出現していない。1年ごとに「赤字になったら即廃止」という図式は変わらず、騎手、調教師、厩務員らへの賞金や手当は大幅カットされ、生活を圧迫してきた。黒字化後は回復傾向にあるが、かつての額にはほど遠い現状だ。

 そんな中で発覚した騎手や調教師による馬券購入問題。ファンからは「八百長もあったのでは」と疑惑の視線が注がれており、「競馬場全体が八百長をやっているように見られて困る」というのが現場の声。

 昭和の時代の1975年、笠松競馬では大規模な八百長事件が摘発されたことがあった。当時、笠松の騎手数は一気に減ってしまったといい、夏場を過ぎて2カ月間、レースが中止になったそうだ。こんな状況でも馬の流出はなく、競馬は再開された。翌年、安藤光彰・勝己兄弟、川原正一騎手らがデビューし、新人でも多くのレースに騎乗でき、その後の大活躍につながった。不正を行った騎手らが競馬場を去って、若手騎手への刷新で大きな改革となったのだ。

 当時、八百長競馬は場外ノミ行為絡みなどで全国で横行していた。警察白書によると、1974~75年には、笠松、名古屋競馬場を舞台にして、騎手らも加わったグループでの八百長事件が次々と摘発された。

 今回「(笠松競馬の)馬券を買った」と認めた元調教師(36)は、動画投稿サイトで「競馬ファンの皆さまを裏切る形になってしまった」と謝罪。組合側には一緒に馬券を買った数人の実名を挙げたという。警察の捜査待ちで、組合の対応は後手に回ってしまった。関係者からは「この段階で新たな手を打たなかった対応が悪い。クビにしておけば、処分済みで、レースを自粛する必要がなかったのでは」という声も聞かれた。

笠松競馬のレースで人馬を応援するファンたち。若者の姿も増えている

 レース再開に向けては、出走予定だった競走馬に対する補償金が必要になる。支給がないと、馬主が持ち馬をよその競馬場へ移してしまうためだ。

 毎月2回ほど走る笠松の所属馬には、厩舎への預託料分ぐらいの補償(月10万~15万円)が必要だ。他場へ流出して、走る馬がいなくなってしまえば、レース自体ができなくなるからだ。昨年夏の馬場改修(約1カ月半)では馬への補償がなく、世話をする厩務員たちは苦しかった。今回の事件では「うみを出し切ってほしい。在籍馬への補償さえあれば、何とか次につながる」と訴えていた。

 これに対して、馬主会と組合との補償交渉では、中止になった1月開催は「出走料+3着賞金」を支給されることになった。2月開催も出走料相当は支給される見込みという。19日から笠松で期間限定騎乗を予定していた岩手・関本玲花騎手(20)は、そのまま3月5日まで笠松に滞在予定で、何とか1開催は騎乗できるといい。

 レースの中止や入場制限は、競馬専門紙の販売にも大きな打撃を与えている。兵庫では今月「競馬キンキ」が販売休止に追い込まれるなど、取り巻く環境は厳しさを増している。笠松では「競馬エース」と「競馬東海」の2紙が販売され、厩舎情報や調教タイムなどを知ろうと、買い求めるファンが多い。競馬場にとっても専門紙は馬券販売に欠かせない存在。長年愛読させてもらっているが、最近はコンビニのマルチコピー機で購入することが多い。2月いっぱい開催がないとなるとネット配信もできなくなるが、再開を信じて頑張ってもらいたい。

 ■競走の施行面でも馬券販売でも「公正の保持」が最も大切

 「笠松競馬、どうしちゃったの?」と、競馬をやらない人からも戸惑いの声があった。騎手や調教師が馬券を購入していたとしたら「職を失うことになり、自分の生活を苦しめるだけ。コロナ禍だし、他の仕事にはなかなか就けないでしょう。せっかく笠松競馬も盛り上がってきていたのにねえ。仕事を続けられるといいけど...」と心配していた。

「笠松競馬永続の守り神」であるオグリキャップ像

 笠松競馬の不祥事が発覚する度に思い起こすのが「競馬というものは、競走の施行面でも馬券販売でも『公正の保持』が最も大切」という言葉。日本ダービー創設者だったJRA初代理事長の安田伊左衛門さん=岐阜県海津市出身=が決意を文書にしたもの。

 1908年、政府が賭博性などの問題から馬券禁止令を発令すると15年間の長い闘いを強いられた。伊左衛門さんは「私には馬しかない。馬券を復活して競馬が隆盛を極めるまで諦めない」と決意し、禁止されていた馬券販売を再開させた。岐阜県郷土偉人かるたには「安田伊左衛門 海津の地 愛馬とともに 駆け抜ける 途切れし道を つなぐ者なり」とある。

 笠松競馬場の正門近くでは、オグリキャップ像がいつも来場者を歓迎してくれてきた。現役時代のレースではどんな苦境でも「最後まで諦めない走り」でファンを勇気づけ、引退して亡くなってからも「笠松競馬永続の守り神」として、いつも天国から目を光らせてきた。

 今回の事件の闇は深いが、一部の騎手や調教師らの不正を全て洗い出し、笠松競馬の変革を推し進めるターニングポイントとしたい。失うものは大きいだろうが、県地方競馬組合や第三者委員会は、迅速な対応で「浄化」を進め、笠松競馬を愛してくれてきたファンの信頼を取り戻すべきだ。途切れし道をつないでほしい。