循環器内科医 上野勝己氏

 高齢者医療の大きな問題の一つとして、心不全患者の急激な増加(心不全パンデミック)があります。近年、心不全と糖尿病の強い関連性が指摘されるようになりました。糖尿病による血管合併症には、冠動脈、脳動脈や四肢の血管などの大血管を閉塞(へいそく)させる場合と、網膜や腎臓、神経などの微小動脈を閉塞する場合の二つがあります。冠動脈は正常なのに、心筋の微小血管が障害されて心筋が硬くなり、心不全が起こると推測されます。

 この微小血管障害はなぜ起こるのでしょうか? 血糖値が上昇するとタンパク質と糖が反応し、終末糖化産物(AGE)が生成されます。一度できると分解されず、体内に蓄積されていきます。このAGEが微小血管障害の原因であることが分かってきました。

 糖尿病は初期の段階できちんと血糖をコントロールすると、適当に治療した場合と比べて長期に(10年後まで)、合併症が少なくなることが分かっています。最初に頑張ることでAGEの蓄積をできるだけ防ぎ、合併症が起きにくくなるのです。初期にきちんと治療せず、高血糖状態を長く続けてしまうと、その負の遺産(AGEの蓄積)をずっと背負わなければならないのです。進行した糖尿病患者は、現在の医療では残念ながら、心血管疾患合併症を減らすことはできません。過去1カ月の平均の血糖値を示すHbA1Cが1上がるごとに、年間の死亡、入院リスクが10%以上増加していくとも言われています。最初に指摘された時が、あなたのその後の人生を決める分岐点なのです。

 では高血糖を指摘されたら、あるいは家族に糖尿病の患者がいる人はどうするべきなのでしょうか? 何を食べたらいいのでしょうか? これまでの報告では、カロリー制限食は減量には有効ですが、糖尿病治療食としての有効性は証明されていません。カロリー制限食では血糖値の改善、糖尿病の進行を止めること、心血管疾患リスクを予防することはできないのです。

 今年、米国糖尿病学会から糖尿病の食事療法(Diabetes Care 2019May; 42(5):731-754.)について最新のガイドラインが出ました。食事療法の鍵は炭水化物の制限であると明記されました。減量にも糖質制限は有効です。肥満が無い場合には、有酸素運動を習慣づけ、食事はできるだけ炭水化物の少ない野菜の摂取、砂糖を添加した食品を避けるようにします。糖質制限をするとHbA1Cが有意に低下し、糖尿病薬の減量ができ、糖尿病の進行を抑えるだけでなく、悪玉コレステロールの減少と善玉コレステロールの上昇、そして血圧の低下などの効果も証明されています。

 良い内服薬が開発され、空腹時血糖をコントロールすることはかなり容易になってきましたが、AGEを蓄積してしまう食後の高血糖に有効な治療法は確立していません。食後高血糖をコントロールできなければ、合併症を予防することはできないでしょう。そして食後高血糖の原因は炭水化物の摂取です。有効な薬が無い現状では、効果的な食事療法の研究がさらに進むことが望まれます。

(松波総合病院心臓疾患センター長、羽島郡笠松町田代)