脳神経外科医 奥村歩氏

 「もの忘れ外来」は、患者さんとご家族の話をじっくり伺い、時間をかけて相談をする現場です。しかし、時にこの外来で、緊急を要する診断がなされます。最近の3例を紹介します。

 ケース1は43歳の教員です。1年前から頭痛で悩んでいました。最近、とても疲れやすくなり、仕事の能率が低下してきました。「試験問題の作成ができなくなった」「教室の場所をよく間違える」などの異変を同僚が心配して、当院を勧めました。

 MRI検査で、前頭葉に直径10センチの脳腫瘍を認めました。巨大な脳腫瘍は生命の危機を伴います。緊急手術が行われました。幸い良性腫瘍で、完治しました。認知機能も回復し復職できました。

 ケース2は、82歳の軽度アルツハイマー型認知症で通院中の方です。「服の着替えができない」「トイレで用が済ませない」などの異変が。アルツハイマー型認知症は、アミロイドβが蓄積して認知機能が低下する病気です。通常は、その進行はとてもゆっくりです。しかし、時にこの患者さんのように、脳内に炎症が生じて、急激に増悪することがあるのです。

 MRIでは、左右の後頭葉に炎症による浮腫(むくみ)を認めました。これは脳アミロイド血管症関連炎症の所見でした。ステロイドという薬剤の点滴療法を施行。炎症が消退し、身の回りのことができるまで軽快しました。

 ケース3は、60歳の調理師です。2週間前から急に、言葉が出なくなりました。しゃべろうとすると「あの、あの…」としか言えません。

 いつもの仕事は何とかこなしていました。最近、ストレスを感じていたこともあって、自分自身では「精神的な問題」と考えていたようです。違和感を心配した友人の勧めで、当院を受診。MRIで、左の中大脳動脈の1本が閉塞(へいそく)した脳梗塞=画像=が描出されました。心臓にできた血栓が原因の脳梗塞と診断しました。再発防止のため、ハートセンターに緊急紹介しました。

 認知症の原因には100種類以上の疾患があります。その中には、今回紹介したケースのように、緊急に専門的な治療を要する場合があります。

 脳のSOSサインは、脳卒中の現場では「FAST」と表します。

F…FACE いつもの「笑顔」がつくれない場合は要注意。まぶたが垂れる・口がゆがむなど。

A…ARM 「両手」を胸の高さまで上げてそのまま保持してみてください。片腕だけ下がってきませんか? 普段のように、手足がスムーズに動かない場合は危険。

S…SPEECH ケース3のように言葉が出てこない場合や、ろれつが回らないなど、「会話」の異変はSOS。

T…TIME 私たちの脳は、とてももろい臓器です。一度傷付くと、なかなか元には戻りません。脳疾患の治療は、「時間」との闘いです。

 「FAST」は、「急いで脳の専門医を受診してください」という願いが込められた言葉なのです。

(羽島郡岐南町下印食、おくむらメモリークリニック理事長)