笠松競馬が8カ月ぶりに再開。初日1Rを1着で駆け抜けるトゥルーグリットと渡辺竜也騎手

 「お待たせしました。クリーンで熱いレースを見てほしい」。騎手らの馬券不正購入など一連の不祥事で「競馬場がつぶれるかもしれない」という不安と闘いながら、黙々と攻め馬に励み続けて生き残った笠松競馬の騎手9人。ゲートインからレースができる喜びをかみしめながら、遠くにかすんでいたゴールを熱い思いで駆け抜けた。

 9月8日、笠松競馬は8カ月ぶりにレースが再開された。午後から雨になったが、良馬場で行われた。第1レースは800メートル電撃戦。10頭の競走馬と10人の騎手(6人は名古屋から参戦)が再生への扉を開いた。「新しい勝負服で新生・笠松競馬最初のレースを勝ったのは渡辺竜也騎手」と、場内放送とネット越しの画面で、レース実況の軽やかな声が響き渡った。ファンからは「笠松競馬、再開してたのか」「好きな競馬場なので頑張ってほしいね」といった応援の声もあった。

 久々となった本番レースでの騎乗で、充実感に満ちあふれた騎手たち。コースを駆け回る勇姿は躍動感いっぱいで、生き生きとした表情が印象的だった。

若手のエース格として活躍が期待されている渡辺騎手

 ■渡辺騎手、笠松競馬の再生を力強くアピール

 2年連続で笠松リーディング2位の渡辺竜也騎手。21歳の若武者は笠松競馬の希望の星で、再開後の「V1号アーチ」を力強く放ってくれた。1R、単勝1.2倍の人気馬に騎乗し、鮮やかな差し切り勝ちを決めたのだ。「馬が強くて勝たせてもらいました。(スプリント戦で)スタートであれだけ出遅れたら勝てないないのですが、馬が強かったです。(5番手から)4コーナーでは勝ったと思いました」と振り返った。無観客でファンの声援はなかったが、報道陣(15社)が詰め掛けた中、真っ先にゴールを駆け抜け、笠松競馬の再生を力強くアピールした。
 
 久々の実戦となったが「体調は万全です。前回、能力審査(演習)でも乗りましたが、(本番の)レースになると雰囲気も違うんで、まだ納得がいくレースができていない」と、5Rを終えた段階では満足していない様子だった。勝負服の変更については、厩舎の先輩への思いを胸に「仲良くしてもらったし、ファンに愛されていた騎手で、忘れないでほしい」と一緒に頑張っていく決意を込めた。

 リーディング候補の一番手となって、「順番が回ってきたんで、たくさん勝てればいいですが、先輩騎手たちもいるんで油断はできない。きょうも勝ててないんで、もっと競馬に対してシビアになっていきたい」と意欲。今年は12月までの短期決戦になるが、初リーディングへ勝利を積み重ねていく決意だ。自粛前の1月の成績も6勝でトップだったし、2位の藤原幹生騎手らとのリーディング争いとみられる。お互い騎乗数も多く、先頭でゴールインする姿が増えそうだ。

 実力と人気がある若手ジョッキーとして活躍が期待されており、今後に向けては「笠松競馬がまた始まったんですが、ファンじゃなくなった方も多いでしょうし、少しずつ取り戻していけたらという気持ちです。うみを出し切ってクリーンになったんでね。新しくなった笠松競馬では、いろいろと(ファンファーレなどの)音楽を変えたりもしていますが、残った自分たちは、元々頑張って乗ってたんで、レース自体で特に変わったことはないです。少しずつ勝ち鞍を重ねて、技術的にも人間的にも成長していけたらなと思います。温かい目で見守ってもらえれば」と前を向いた。
 
 騎手不足のため、初日は渡辺騎手が10鞍、藤原騎手は全12鞍に騎乗。「きょうは雨が降ってたりして神経を使うんで、体力的には結構きついです。僕は10頭で、2レースは騎乗がなくて(6、7R)まだ楽ですが、2日目から11頭、12頭に増えるんで、体調を崩さないよう気を付けます」と意欲を見せた。再開とともに忙しくなったが、プロ意識を発揮して競馬ができる喜びも感じているようだ。

 助っ人として駆け付けてくれた名古屋勢の参戦は大きな刺激にもなっている。特に岡部誠騎手は名古屋のリーディングであり、今開催の笠松でも3勝、4勝と固め勝ちを見せており、渡辺騎手ら地元勢は負けられない。名古屋の騎手に笠松リーディングの座を奪われたくはない。

 渡辺騎手は2日目メインのキンレンカオープンでは9番人気馬・スーチャンで鮮やかな差し切りV。8Rでは10番人気馬で2着に食い込み、3連単16万、21万円馬券を演出した。3日目9Rでも9番人気馬で勝ち、3連単37万円と波乱の立役者になった。人気に関係なく、どんな馬でも動かしてくれそうな頼もしい存在になってきた。

再開セレモニーで公正競馬、信頼回復への決意を述べる河合孝憲管理者ら

 ■大原騎手会長「残った騎手で頑張っていくしかない」

 大原浩司騎手会長はレース前、再開セレモニーに出席。「いい騎乗で、白熱したいいレースを見せることが一番」。所属ジョッキーは9人に減ってしまったが、「名古屋の騎手の力を借りて、やっていきたい。(笠松勢としては)騎乗回数が増えるので、そこはいいのでは」。馬券の不正購入で騎手らが引退したことに対しては「悔しい思いもあるが、残った騎手で頑張っていくしかないです」と力を込めた。8月の演習時は5~8頭立ても多かったが、再開初日は10~12頭立てになり、「名古屋の騎手のおかげです。頭数が多い方が、レースは面白くなるので良かったです」と参戦に感謝していた。

 清流ビジョンでは、笠松競馬の歴史を振り返り、オグリキャップやラブミーチャンなどの名馬も登場。管理者の河合孝憲副知事は「ファンに信頼していただける競馬を提供し、関係者が一丸となって、新生・笠松競馬の実現に全力で取り組みたい」と再生への決意を表明、県調騎会の後藤正義会長は「名馬、名手の里に恥じないよう、笠松競馬をつぶさないようにとの思いでずっとやってきた。二度と不祥事を起こしてはならない。馬づくりに励み、再発防止に努めていきたい」と笠松競馬場の浄化・再生を誓った。

 ■古田知事も観戦「オグリキャップにはニンジン渡せなかった」

 古田肇知事も来場し、第1レースを観戦。「競馬場のこの景色はいいなあと感じました。オグリキャップが里帰りした時(2005年4月)には、ニンジンを渡すことになりましたが、オグリが興奮状態になって暴れだして渡せなかった。ファンの声援がすさまじかった。名馬を生んだ伝統ある競馬場の再スタートにホッとしています。これから課題をクリアして、うみを出し切って、名馬の里再び。笠松競馬発展のため、信頼を取り戻してほしい」と復興を願っていた。

 笠松競馬の馬主さんは「岐阜金賞には馬を出したかったが、(きょうは)競馬が普通にできる喜びを感じています。笠松競馬場は、岐阜県の観光面でのランドマークでもあり、活性化につなげてほしい」と再開を歓迎していた。

わずか9人になった笠松競馬の騎手たち。パドック前に勢ぞろいし、名古屋の騎手とともにあいさつを行った

 レース前には「ウマ娘」ファンの姿も正門前でちらほら。オグリキャップ像がある笠松への聖地巡礼とみられ、第1レース出走の2時間前、「この日をずっと待ち望んでいた。馬たちが元気に走る姿を見せてほしい」という20代女性ら。「信頼を取り戻すのは簡単ではないが、面白いレースに期待している」と再生を願っていた。観客入りになれば、一番乗りで来場してくれることだろう。

 東門方面の無料駐車場は閉鎖されているため、よく利用している有料駐車場のおじさんは「そりゃ、やってもらいたかった」と再開を歓迎し、ファンが来場できるレースの復活を待ち望んでいた。木曽川沿いの堤防道路には10台近くの車が並び、「ネットもいいけど、やっぱりライブで見たい」と熱狂的ファンが「場外観戦」。のどかな笠松競馬場ならではの風景で、根強い人気の高さを実感できた。 
 
■売り上げは右肩上がり、3日間で計10億円近く

 何とかレース再開にこぎ着けた笠松競馬場。当面の課題は、本年度4月以降膨らんだ補償費などによる赤字分をどこまで減らすことができるかだ。無観客のため、インターネット投票と西日本を中心とした馬券の場外販売が頼り。売り上げは初日が2億7400万円、2日目は3億700万円、3日目は4億700万円と右肩上がり。レースのクリーン度が競馬ファンに認められつつあるのか。3日間では計9億8900万。大きな不祥事があったことを考えれば上々の数字で、応援してくれたファンが多かったといえよう。

 一方、騎手不足の解消はすぐには難しく、当面は名古屋の騎手が頼り。初日の5Rではゲートで放馬があり、ヒヤリとしたし、2日目6Rでは昨秋デビューした長江慶悟騎手が落馬負傷し、3日目も欠場した。今後けが人が増えれば、騎手のやりくりはさらに厳しくなる。

 昨年来、不祥事続きでいろいろなことがあり過ぎたが、再開の新しいファンファーレは高らかに鳴り響いた。秋晴れの下、フレッシュな2歳新馬戦も行われ、藤原幹生騎手騎乗の牝馬シルバ(後藤正義厩舎)が800㍍を47秒4で駆け抜け、レコードタイムを更新。再スタートの開催で明るいニュースになった。

 どん底からはい上がって、決意新たに笠松競馬の未来を背負っていく9人のジョッキーたち。次回開催(9月21日から4日間)も無観客になるが、レースでのクリーンさは本物。ガチで火花を散らす熱いバトルでも、ネット越しの競馬ファンのハートに火を付けてほしい。