スタートダッシュ。クリーンさをアピールした笠松競馬のレース

 「俺たちは、馬に乗り続けるだけ」。新しいファンファーレの軽やかな響きとともに、待望のゲートイン。笠松競馬がようやく再開され、日常の景色を取り戻しつつある。所属ジョッキー9人は8カ月間、レースがないまま苦闘。一連の不祥事で世間の批判を浴び、攻め馬だけの毎日で収入は一時激減した。「もう競馬ができないのでは」との思いに押しつぶされそうになりながらも、どん底からはい上がり、あしたのために力強く立ち上がった。

 騎手、調教師による馬券不正購入発覚から1年3カ月。フルゲート(12頭)に満たない騎手数になったが、助っ人の名古屋勢は初日から7、9、8人と多く参戦してくれ、笠松勢とほぼ同数。「名古屋×笠松」のジョッキー戦の様相で熱戦が繰り広げられた。無観客だったが、ネット越しのファンに「笠松競馬のクリーン度100%」をアピール。ジョッキーたちは苦難の日々を乗り越えてゴールイン。笑顔を取り戻した。

 取材規制が厳しい中、初日の最終レース後、ようやく装鞍所エリアに立ち入ることができた。NAR(地方競馬全国協会)による騎手インタビューがあり、笠松の未来を背負っていく3人に、競馬場再生への思いなどを聞くことができた。

 ■大原騎手会長、現役騎手・調教師の潔白「大丈夫です」

 復活した笠松競馬の騎手会長を務める大原浩司騎手(41)は初日のレースを終えて「久しぶりに乗れて疲れましたが、充実感がありました。やっぱり『騎手はレースに乗って、なんぼだなあ』というのが改めて分かりました」としみじみと語り、計8鞍での騎乗に満足そうだった。

初日のレースを終え「久しぶりに乗れて、充実感がありました」と再開を喜ぶ大原浩司騎手会長

 本番レースが再スタートし「やっとだなあというのが素直な気持ち。攻め馬だけの期間は、いつ始まるんだろうなと。なかなか再開の発表がなかったが、調教をつけることを必死にやるしかない」と、暗闇の中でも手探りで光を求めてきた。
 
 不祥事では3人とも「戒告」の処分を受けた。調整ルームで一緒に寝泊まりし、馬券を不正に買っているグループがいることを知りながらも、競馬組合に知らせなかったとして、不正行為等報告義務違反とされた。

 大原騎手は「起きてしまったことが『ファンの人たちを裏切ってしまった』という気持ちは十分感じています。二度と起こさないようにして、関係者みんなで必死にやっていきたいです」。ファンだけでなく全国のホースマンにも、競馬へのイメージを悪くしてしまったことは「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」と謝罪した。

 現在の笠松の騎手、調教師の潔白をファンは信じていいのかと問われると「お願いします。大丈夫です。日々の意識だと思います。厩舎間でのミーティング、勉強会、研修会などで互いに高い意識を持ってやっていきます」。騎手会長として「騎手の数は少なくなりましたが、熱いレース、熱い騎乗で信頼を取り戻せるよう一歩一歩やっていきたいです」と決意を示した。
 
 レースでは演習よりも多頭数になったし、馬体重の増減が大きかったが「多くなっても違和感なく乗れた。太め残りの馬もいるし、長い期間の成長分というか、良い休養になった馬もいたのでは」といい、馬主や調教師、厩務員にとっても待望の再開となった。

 騎手が減り、名古屋勢の力を借りながらのレース。「ファンの方はいろいろな意見があると思いますが、僕たちは一生懸命やっていくだけ。応援してもらえるとありがたいです」。落ち込みが懸念された馬券は、ファンの後押しもあって予想以上に売れて「ありがとうございます。それを聞いてホッとしました」と笑顔を見せていた。

 不安も大きかった自粛中のモチベーションについては「再開できる日を待ち続けたが、やはり保つのは難しかった。自粛、自粛と発表される度に『大丈夫かなあ、できないのかな』と思ったこともあったが、再開が決まり、自然とモチベーションも上がってきた。個人的には、腰の状態が悪いこともあって、休養できて体調がいい感じになった」という。

 騎手会長として責任感が増した大原騎手には、今後のブレークを期待するファンも多い。初日11R・涼風賞で再開後初勝利。2日目には、2~4Rで3連勝を飾る力強いパフォーマンス。自厩舎のヤマニンパジャッソ(牡4歳、森山英雄厩舎)では8月の演習に続いて大差勝ち。1400㍍、1分26秒5の好タイムで次走以降の成長が楽しみな1頭。主戦騎手として久々の重賞Vも狙えそうだ。

「競馬場がつぶれたらどうしようと感じたこともあったが、再開できて良かった」と笑顔を見せる深沢杏花騎手

 ■深沢騎手「再開できて良かった、もっと勝てる騎手に」

 デビュー2年目、攻め馬でよく頑張っていた深沢杏花騎手(19)は「8カ月間と長く、不安な気持ちと楽しみな気持ちがありましたが、再開できて良かったです。『このまま競馬場がつぶれたらどうしよう』と感じたこともあり、攻め馬だけの期間中は『何のために乗っているんだろう』という気持ちでした。再開が決まってからは『開催に向けてしっかり仕上げていかなきゃ』という気持ちに変わりました」と笑顔で話した。

 「レースへの感覚は完全に忘れていました。元からうまくないですけど、もっと駄目になっていたんで、これから乗っていくにつれて少しずつ上達し、元に戻せればなあと思います」と前を見つめた。
 
 一連の不祥事については「笠松競馬場でこのような不適切な事案が発生して、ファンの人にご迷惑とご心配をお掛けしてしまって申し訳ないです。完全にクリーンな競馬場として生まれ変わって、レースで一生懸命乗るので信じてください」と、しっかりとした口調で再生を強調した。

 笠松競馬では20年ぶりの女性ジョッキーとして注目される存在だが、「私、ただの女子ですよ、泣き虫の...」とにっこり。昨年4月の初勝利では、レース直後に装鞍所に戻って涙を浮かべていたが、まだ19歳で成長途上。一つずつ課題をクリアして、一歩ずつ階段を上がっていくことだろう。

 初日は2着2回、3着1回とまずまずの騎乗を見せた。「レースでは、みんなの追い方などが能力試験とは違いました。頭数が多く、さばくのが難しかったです。攻め馬では1日30頭ぐらい乗っていて、忙しくなりました。きょうのレースでもたくさん乗って(7頭)チャンスをいただき、いい競馬ができたかなと思います」と再開を喜んだ。

 競馬がなく、攻め馬だけの期間中は「知り合いの競輪選手の方がジムをやっていて、その人にトレーニングを見てもらったりしていた」そうだ。初日2Rでは9番手から追い込んで3着に入った。下半身の安定感が出てきて力強くなった、という指摘には「田口厩舎に移籍して、先生には攻め馬から姿勢を見ていただいて、トレーニングも強化しました。開催自粛前は気持ちが沈んでいることも多かったですが、8カ月間で考える時間もあり、競馬に前向きになれました。体力強化に努めて追えるようにして、もっと勝てる騎手になれるよう頑張ります」と意欲を示した。

 2日目1Rでは、自厩舎・チェリーヒック(牝4歳)に初騎乗。3番手から外を回り、豪快に差し切ってハナ差V。追い比べを制した会心のレースで、自信につながるといい。出身地の兵庫では新人女性騎手の佐々木世麗騎手(18)が48勝(9月16日現在)を挙げる大活躍。深沢騎手も厩舎移籍で心機一転。田口厩舎には重賞戦線をにぎわす有力馬もそろっている。中学時代から競泳で鍛えた身体能力は高く、きっかけ次第で大きく飛躍できるのでは。

 ■渡辺騎手「ファンサービスで、楽しんでもらえる競馬場に」

 若手エース格の渡辺竜也騎手(21)は「8カ月間、競馬を楽しみに待っていて、レース番組が出た時からワクワクでした」。初日は10戦1勝に終わり、「(実戦では)みんなガツガツしてくるので、激しいレースになった。思っていたよりも競馬は難しかったです。感覚の差が大き過ぎてリズムが悪かった」と振り返った。

「笠松競馬場に入場できるようになったら、ぜひ遊びに来てほしい」と呼び掛ける渡辺竜也騎手

 笠松競馬の不適切事案については「ご迷惑をお掛けしました。不正を止めるのも実際難しかったんですけど、報告できなかった自分の責任で悪かったです。ファンの皆さんには『済みませんでした』と。全国の騎馬のイメージも悪くして申し訳ないです。残っている騎手はクリーンなんで信じてください」と信頼回復を願っていた。

 9月開催は無観客だが「笠松競馬場はお客さんとの距離が近くて、競馬の迫力とかを感じてもらえるので、入場できるようになったら、ぜひ遊びに来てほしいです。自分たちも盛り上げるよう頑張るので、応援よろしくお願いします。クリーンでファンサービスのできる競馬場になって、楽しんでもらえるようにしたい」と笠松の魅力もアピールした。
 
 不正の再発防止策については「一番厳しくなったのは、調整ルームです。監視カメラは死角がないし、レースの合間には金属探知機で体を探られたり。調整ルームに入る時や最終レース後に点呼を行ったり、荷物検査などいろいろと厳しくなりました。僕や残ったメンバーは、元々レースで真面目に頑張って乗っていたので、特に何も変わっていません」。よりクリーンな競馬を求められ「レースの流れはいつも通りで、普通でした」とインをふさいだりすることもなく、フェアプレーに徹した騎乗を見せてくれた。

 競馬場再生のためには「所属騎手を増やしたいので、騎手をやりたいなと思ってもらえるよう盛り上げたい。(不祥事が)笠松で再び行われないよう、みんなを引っ張っていけたらいいです。騎手は減ったが、みんなで支え合い、言い合い、(不適切事案を)止め合えるようにしたい」と一層の浄化を誓っていた。  
           
 ■意外と大荒れ、3連単10万円以上が計6回
 
 再開3日間では、名古屋の岡部誠騎手が8勝でトップ。渡辺騎手が6勝、向山牧騎手5勝、大原騎手、藤原幹生騎手が4勝で続いた。笠松勢が23勝、名古屋勢が13勝だった。

 笠松競馬再開後の「公正競馬」もネット越しに注目された3日間。疑惑を招くような怪しいレースはなくなり、真剣勝負でハラハラ、ドキドキの熱戦を繰り広げた。ファンの間では、ガチガチの本命レースが多くなるという見方もあったが、意外と波乱の決着が目立った。

 最も馬券が売れる3連単では高配当が続出。2日目は最低12番人気のジェーニョ(長江慶悟騎手)が2着に突っ込むなど大荒れで、10万円以上が4回。3日目にも30万円以上が2回。このうち渡辺騎手が3回も絡むなど、全国の地方競馬ファンに「夢馬券連発」を印象づけた。

 3日間の売り上げは計9億8900万円で、場外発売が4.5%、インターネット投票は95.5%。このうち「SPAT4」が41% 、「オッズパーク」は35%、「楽天競馬」は24%を占めた。「JRAネット投票」の笠松分発売は当面「未定」ということだが、いずれは再開される見込みだ。

 自粛期間が長かっただけに「もう笠松開催か」と感じるが、長月シリーズは9月21日から4日間。9日のレース中、落馬負傷した長江騎手には早く元気になって復帰してほしいが、次回開催の騎乗は厳しそうだ。このため、参戦できる笠松の騎手は8人になってしまう。攻め馬から、けがには十分気を付け、コロナ対策も万全にして、所属騎手のレース騎乗をこれ以上減らさないことが第一だ。