「不利な状況は分かっているが、わが道を行きたい」と語る野田聖子幹事長代行=19日午前、衆院第1議員会館

 29日投開票の自民党総裁選で、立候補に必要な20人の推薦人を確保し4度目の挑戦で初出馬にこぎ着けた野田聖子幹事長代行(61)=衆院岐阜1区=は19日、東京都内で岐阜新聞社のインタビューに応じ「仕事で窮地の時にも、長く岐阜にいられたことが、何よりの力になっている」と最後まで諦めない決意を語った。

かんたん検索! 岐阜県・東海のイベント お出かけ情報総合サイト「ぎふっと!」

 -序盤の手応えは。

 「スタートがゼロなので、これから。コロナ禍のため街頭演説はしないが、限られた時間の中で口コミやSNS(会員制交流サイト)などを十分活用して私の独自性を理解してもらえるよう努めたい」

 -総裁選には祖父の故野田卯一元建設相も立候補した。

 「祖父は、金権選挙の時代に無一文で出馬した、信念を貫く人だった。私は恥ずかしながら、祖父の何かを継ぐという発想では出馬していない。私は私。でも、権力にこびないという政治スタンスは、悔しいかな受け継いでいるかもしれない。不利な状況は分かっているが、全くストレスはない。わが道を行きたい」

 -4度目にして悲願の立候補を果たした。

 「お叱りを受けるかもしれないが、今回の総裁選は不戦敗と思っていた。なぜなら、大親友の浜田靖一衆院議員が、俺が火中の栗を拾うと、菅義偉総裁の選対責任者に決まっていたから。正義感のある浜田議員と一緒に歩もうと考えていた。9月3日に菅総裁が急に辞めることになり、知ったときはぼうぜん自失。浜田議員と話して、無派閥で後ろ盾もないができる限りやってみようと、その日の午後に決意した。水面下で一日1人という感じで推薦人になるようお願いしていった。ただ、今回が一番平常心でいられた。過去3回は現職との戦いで自分が前に立っていたが、今回は心ある仲間が1人、2人と集まり、骨を折ってくれた。感謝してもし切れない」

 -県連では、1月の知事選で混乱が見られたが、総裁選への影響は。

 「知事選で意見がまとまらなかったのは、初めての経験。そのような状況に備えた規約がなかったことが最大のミス。規約改正の委員会を立ち上げ、新しい規約を作ってもらっている。また人間関係では、私もかつて県議会の一員で、岐阜が好き・自民党が好きという仲間なので、角を突き合わせるところではない。総裁選への協力もみんなの好意に任せている」

 -地方政策はどうか。

 「出馬理由の一つに、他の候補者から地方という言葉が出てこなかったことがある。意識が都市化していて、地方が置き去りになっている。国を救うことは地方を活性化させることに他ならないと思っている。一つ挙げれば、地方再興のため、定住を含めた外国人労働者の身分安定をしっかりとやりたい。人口減少の中で地方は外国人労働者に依存している。外国人労働者がいなかったら、新型コロナウイルスが収束しても経済が回らなくなる。縁あって岐阜に来たのなら、働いて住んで子どもを育ててもらいたいと思っている」