町中で異彩を放つモザイクタイルミュージアム=多治見市笠原町
自身が設計した建物の前で笑顔を見せる藤森照信さん=多治見市笠原町、モザイクタイルミュージアム ©Yuna Iwase
藤森照信さんによるイメージスケッチ ©Terunobu Fujimori

 「あの不思議な形をした建物はいったい...」。山あいの小さな町の中で異彩を放つ岐阜県多治見市笠原町のモザイクタイルミュージアム。おとぎ話の中から飛び出してきたようなユニークな外観で知名度を高め、2016年の開館からコロナ禍以前までは年間来館者10万人を下回ることはなく、市内指折りの観光スポットとしての地位を確立している。しかし一体、どのようにして町(旧土岐郡笠原町)人口の10倍以上の人を集める施設は生まれたのだろうか。そこには、地元のタイルや土への思いをくみ取って形にしたある有名建築家の存在があった。

かんたん検索! 岐阜県・東海のイベント お出かけ情報総合サイト「ぎふっと!」

 モザイクタイルの国内シェアの大部分を占める笠原町。ミュージアムの初代館長で窯業原料メーカー「ヤマセ」(土岐市妻木町)の各務(かがみ)寛治会長(78)は「当初の想定を大きく上回る人が来てくれたのは、やっぱり藤森建築のおかげ」と話す。藤森建築とは、日本近代建築史研究の第一人者で建築家の藤森照信さん(74)による建築物のこと。滋賀県近江八幡市の屋根一面が芝に覆われている「ラ コリーナ近江八幡 草屋根」や長野県茅野市の空中に浮かぶ茶室「空飛ぶ泥舟」が有名だ。そんな藤森建築が見られる県内唯一の場所がミュージアムだ。

 建築物の「タイル離れ」が進んでいるといわれる。各務さんは「貴重なタイルを意図的に集めないと後世に残すことができない」と危機感を抱き、展示施設を想定し1990年代から仲間と共に全国のタイル収集を始めた。その活動の過程で藤森さんと知り合い、親交を深めた。自然素材を巧みに取り入れる藤森建築に衝撃を受けた各務さんは「集めたタイルで資料館を造ることができるなら、ぜひ藤森さんにお願いしたい」。長年の付き合いと熱意に押され、藤森さんは引き受けた。

 藤森さんは頭に浮かんだアイデアをスケッチブックに走り書きしながらデザインの構想を練っている。そのスケッチブックからはミュージアムと同時期に設計していた「草屋根」などのデザインも入り交じり、思考の変遷がうかがえる。展示室が空中につり下げられた案などもあり、学芸員の村山閑(のどか)さん(46)は「こんな建物になっていたら出勤も大変になっていた」と笑うが、その自由な発想が藤森建築の魅力だ。

 各務さんが現在のミュージアムのデザインを最初に見たのは藤森夫妻と京都に出掛けた新幹線の中だった。「これ、どうかな」。藤森さんが見せたスケッチブックには、タイルの原料である土を採掘する「粘土鉱山」を模したデザインがあった。タイル自体ではなく、その原料の土を前面に出す発想。「地元のいろいろな場所を案内したが、この陶磁器産地の景色として採土場のイメージが藤森さんには強く残っていたのだと思う」と各務さんは語る。

 開館当初は年間来館者2万5千人の目標を達成できるか不安だったというが、ふたを開けてみれば16年度は約12万3千人、17年度は約17万6千人と伸びた。各務さんは「藤森ワールドの効果で女性を中心に全国から人がやってきた」と振り返る。また、タイルを使って写真立てなどの小物を飾り付ける簡単なワークショップも好評だ。

 地元有志が長年にわたって資料収集を続けてきた思いが、藤森建築という強力な舞台の上で結実したミュージアム。コロナ禍で来館者数は落ち込んだものの、今後も産地からタイルの魅力を全国へと発信する拠点として歩みを続ける。