岐阜県に来ないと見られない景色がある。その一つが〝ソーラーアークの裏側〟だ。日本の大動脈、東海道新幹線の車窓から見える巨大な太陽光発電施設で、その裏側は新幹線で通過するだけでは見られない。その上、施設の敷地は昨年、不動産会社に売却ときた。いよいよ、社名ロゴも外され、思い出となる日も近い。ならば、地元メディアとして最後に裏側の景色を―。岐阜県民が「独り占め」してきたソーラーアークの裏側を写真で紹介する。
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三洋電機が2001年に建てた
ソーラーアークは、岐阜県安八町にある。東を流れる長良川の対岸には、東海道新幹線の岐阜羽島駅。のぞみ号だと東京方面からは名古屋駅を過ぎたあたりで、新大阪方面からは関ケ原を過ぎ、開放的な濃尾平野に出てきたあたりで、この巨大な〝箱舟(アーク)〟を目にすることになる。富士山とともに、走行中の現在地を把握する目印にしている人も多いだろう。
三洋電機が建て、2001年12月に完成。約5千枚の太陽光発電パネルを貼った全長315メートル、高さ37・1メートルの施設で、最大630キロワットの発電能力を持っていた。元々は三洋電機の工場があり、古くはカラーテレビが量産されていた。ソーラーアークは、同社の会社設立50周年を記念したもので「全国にある同社事業所のうち、日照時間が最も長く、東海道新幹線の車窓からよく見えて視覚に訴え」られると、建設計画発表時の本紙報道。地鎮祭では、同社社長が「21世紀の新しい環境時代のシンボルにしたい」と意気込んだ。
太陽電池科学館も併設されていた
ソーラーラボと呼ぶ太陽電池科学館も併設され、岐阜県内を中心に多くの子どもたちが集い、理科教室を開催。夢を与えた。新幹線の車窓から見える太陽光パネルには当初、赤色の「SANYO」の社名ロゴが掲げられていたが、三洋電機がパナソニックの子会社になると、2011年に青色の「Panasonic」のロゴに変わった。
そして昨年、大阪の不動産会社に敷地を売却。本紙は「(昨年)3月に土地の売買契約を締結した」と報道。「今後の活用が見込めない」とするパナソニックの売却方針とともに、「今後の活用方法については未定。解体や売却も含めて検討する」と話す、不動産会社の声を伝えた。
すでに社名ロゴは外されて・・・
記者も何度か近くを訪れており、売却報道が出る前の昨年8月、施設の正門が閉鎖したことを確認。11月上旬には「別の部署だけれど、近くに寄ったので記念に写真を撮りに来た」というパナソニック社員とも出会った。
今月に入り、再び訪れると、すでに社名ロゴが外されていた。近くに住む70代女性によると、昨年末までに撤去されたという。敷地内では、周辺建物の解体工事が進んでおり、巨大な箱舟は伊吹おろしの寒風を受けながら、空虚にたたずむばかりとなっている。
「できた頃は、夜になるとネオンのようにライトが輝いてきれいやったよ。パッパッパって。新幹線に見せないとあかんでね」と、70代女性。売却報道が出ると、県外ナンバーの車が頻繁に訪れ、写真を撮っていたという。そして「三洋の時はよかったよね」と繰り返す女性。「近くに社宅もあって、たくさんの社員でにぎやかで。もう社宅もなくなってまったけど。いろいろ変わったね」
「次に何が来るか心配よ」
東海道新幹線の沿線名物となった巨大な箱舟は、いよいよ思い出へ。女性は「さみしいことはさみしいけどさ、次に何が来るか心配よ。知ってる? 次に何が来るか。何が来るんやろね」。そう気にしていた。
ソーラーアークに隣接する社宅の跡地は、2019年にドラッグストアの物流センターになっている。安八町では、名神高速道路の安八スマートインターチェンジが開設されてから、物流施設や工場の進出が相次いでいる。ソーラーアークの跡地も、同様の流れになるのかもしれない。
さて、本題の裏側。ソーラーアークの向きは太陽光発電パネルの面が南西で、裏側は北東。日の当たらない裏側に発電パネルはなく、金属製の骨組みがあるのみ。ソーラーアークの北側に住む町民にとっては、その景色が日常だ。しかし、その日常が歴史の1ページとなる日も近いようだ。





















