一番乗りになった男性は「ウマ娘」ファン。3日目には、オグリキャップの勝負服マスクに縫いぐるみも抱えて、競走馬を応援した=笠松競馬場

 9カ月ぶりに観客入りレースが再開され、笠松競馬場デビューの「ウマ娘」ファンらもライブ観戦を楽しんだ。自粛前からの常連客に加え、20代を中心とした若い世代も来場。ダートコースを力強く駆け抜ける人馬に熱視線を送り、ネット上では味わえないピカピカの「紙馬券」を握りしめて応援した。

 騎手らの馬券購入発覚から1年4カ月。生まれ変わった笠松競馬は、来場したファンに受け入れられて、失った信頼を取り戻せるのか。有観客初日、場内には「この日を楽しみにしていた。生は臨場感があり気持ちが高揚する」という熱いファンの姿とともに活気が戻ってきた。不正を一掃してクリーン化を推進する「変革」への大きなターニングポイント。ファンや関係者からは「ニュー笠松競馬」に期待する声が多く寄せられた。

 レース自粛中には、オグリキャップを主人公にしたウマ娘漫画「シンデレラグレイ」の単行本も発売され、大ヒット。笠松競馬場を舞台に始まったシンデレラストーリー。正門横でファンを迎え入れるオグリキャップ像の雄姿は「地方から中央へのサクセスストーリー」のパワースポットであり、「笠松競馬場の守り神」でもある。新たに聖地巡礼の目玉スポットとしても人気上昇中だ。

正門横に立つオグリキャップ像。聖地巡礼の人気スポットでもあり、来場したファンが記念撮影を楽しんでいる

 ■オグリのバッグを抱えた22歳男性が一番乗り

 午前10時の開門時には60人ほどのファンが並んで列をつくり、待望のゲートインを迎えた。一番乗りとなったのは、午前9時に来た名古屋市の22歳男性。「ウマ娘が大好きです」とオグリキャップのバッグなどを抱えて来場。「まさか一番乗りとは、びっくり。馬の写真を撮ってインスタやツイッターにアップしたいです。パドックで馬の表情を見て癒やされるんで『かわいいな』と馬券も買ったりします」と入場再開がうれしそう。笠松競馬場の雰囲気は「名古屋競馬場にも行きますが、笠松はすごくアットホーム。1人で来ても、みんなフレンドリーですごく楽しいです」。

 ウマ娘については「レースが再現されていて、はまりました。(スマホなどの)ゲームがきっかけで漫画も面白い。笠松の名馬では、やはりオグリキャップが一番好きで、競馬場に親近感が湧き、2年ぐらい前から来るようになった。食べ物では、串カツとかおいしいです」と。入場後は、久しぶりに会えたオグリキャップ像を、いろいろな角度から撮影。3日目には、ウマ娘のTシャツにオグリキャップの勝負服マスク姿で、縫いぐるみも抱えて来場。プロ野球やJリーグファンの応援のような乗りで、レース観戦を楽しんでいた。

正門前には、入場再開を待ちわびていたファンたちの行列ができた

 ■奈良からバイクで、笠松デビューの若者も

 笠松競馬には「ナラ」(牝5歳)というオープン馬がいるが、偶然なのかこの日、奈良県出身の24歳男性2人が初めての競馬場体験を笠松デビューで果たした。1人は仕事先が可児市で「地元の奈良に帰る時に、笠松競馬場の外観だけ見てたんですが、休みを合わせて友達と来ました。ウマ娘ファンとしてゲームが面白かったし、漫画を読んで競馬場にも来てみたかったです」と。

 奈良からバイクで駆け付けたという男性は「漫画も『スポ根』ぽいのが好きなので」と笠松競馬場にも興味が湧いたそうだ。2人は「馬が走る姿は生で見たことがなく、コースやオグリ像も見てみたいし、馬券も買いたいです」と開門を待っていた。笠松のナラには深沢杏花騎手が騎乗しており、盛岡・マイルチャンピオンシップ(交流GⅠ)など全国の重賞にも参戦している実力馬だ。

 ■「待ちに待っとった」飲食店も繁盛

 観客入りになって、競馬組合では来場者に売店グルメチケット(200円分、先着200人に)を配布。場内飲食店の「丸金食堂」「寿屋」「美津和屋」「親睦の店」は久々に繁盛した。丸金食堂では「待ちに待っとった。(自粛期間が)8カ月で長かったですが、思ったよりお客さん入っていますね」と笑顔も戻ってきた。

場内の飲食店にも活気が戻り、来場者は「昭和の味」を堪能していた

 ご当地グルメの人気商品を聞くと「みそ煮込みのおでんかな。『当りもち』は験担ぎに。火に当たっているもちで、競馬も当たるかなあとね。昔ながらの大判焼きも、よく食べられます」という。笠松本場が開催されない日も名古屋場外やJRAなどの馬券販売があり、飲食店も休みなく営業。人気店の「カフェ・イル・ファンティーノ」は休んでいるが、10月末ぐらいにも再開するそうだ。

 場内グルメは競馬ファンの大きな楽しみでもあり、多くの人が「懐かしい昭和の味」を堪能していた。たこ焼きなどを販売する親睦の店では「再開にほっとしています。大勢の人が競馬場に関わっているので、今後はしっかり競馬を運営してほしい」と願いを込めつつ、1個1個丁寧に焼き上げている。

 ■場立ちの予想屋さんも復活し活気

 飲食店前では「場立ちの予想屋さん」も久しぶりに姿を見せ、競馬場らしいにぎわいを創出。自粛前からの常連客らが楽しそうに予想(1レース100円)を買い求めて、活気を取り戻していた。人気の大黒社では「久しぶりで、復活シリーズやでそりゃうれしいです。常連さんは来てくれたけど、(長期休業明けで)お客さんがみんな帰ってくるかどうか。初日は新しい人も来てくれました」と。予想の成績の方は「堅いレースも多いけど、めちゃくちゃ当たっている」とか。場立ち予想は地方競馬ならではの光景。楽しいトークと人情味にあふれ、笠松競馬場には欠かせない存在で、時には高配当の「おいしい馬券」も的中させている。

 ■「馬に元気をもらおうと来ました」、車いすのファンの姿も

 初日、2日目と好天に恵まれ、30度超えの真夏日にもなった。場内には家族に付き添われて車いすで来場した男性ファンの姿もあった。「入場時にお見掛けして」と家族の方に話を聞くと「馬に元気をもらおうと来ました」とのことだった。「主人は馬が好きなので。病気で倒れて4年になるんですが、朝『笠松競馬場へ行くよ』って声を掛け、少しでも元気になるようにと、馬を見せに来ました。前は1人でも笠松へ来ていたようで。コロナでしばらく連れてこられなかったが、(緊急事態宣言解除で)いいかなあと思って」と秋晴れでの遠出を楽しんでいらっしゃった。

 笠松競馬場内では以前、「ホースセラピー」にも取り組み、園児らと誘導馬のふれあいも深めてきた。馬との交流は癒やし効果があり、人も優しい気持ちになれるようだ。子どもらとの、ほのぼのとしたスキンシップ。笠松ではオグリキャップと一緒に走ったことがあるハクリュウボーイ(愛称・パクじぃ)が全国最年長の誘導馬として活躍。園児や視覚障害者らとも交流し、みんなを楽しませた。地方競馬全国協会は2010年、ファンとの交流も含めた長年のハクリュウボーイの貢献をたたえ、感謝状を贈っている。

ゴール前で迫力あるレースを観戦するファンたち

 ■グルメファン「昭和にタイムスリップしたみたい」

 ゴール板近くでは、藤原幹生騎手の「地方通算1000勝達成」セレモニーも開かれた。地元の40代男性ファンは、笠松競馬場内の雰囲気が大好きで「観客入りになって良かった。レースよりもグルメが好きで、たこ焼きとか食べたかった」とうれしそう。笠松競馬の魅力については「昭和感が満載で、素朴なところ。食べ物屋コーナーは昭和にタイムスリップしたみたいな感じで、唐揚げや大判焼きもおいしい」。競馬場での楽しみ方は人それぞれで「ギャンブルというよりは観光に来ている感じ。レースも楽しいし、ネット配信よりも間近で見たいです。1Rではオッズも見ずに、渡辺竜也騎手から買った馬券が当たりました」とにっこり。

 ■女性ファン「ウマ娘で盛り上げてくれれば」

 「ウマ娘をゲームや漫画で楽しんでいる」という女性ファンは「ずっと待っていたんで、すごくうれしいです。藤原騎手のファンで勝つところを見たくて来ました(この日2勝)。渡辺騎手ら若手の活躍も期待です。ウマ娘を通してオグリキャップを知って『笠松競馬場に行ってみたい』という人をツイッターでよく見るので、盛り上げてくれれば」と新たなファンの来場で活気づくことも願っていた。

 ■「二度とファンを裏切らないようクリーンに」、信頼回復には厳しい声も

 長年、笠松競馬に通ってきたオールドファンからは、復活を歓迎しつつ、一連の事件に対して厳しい声もあった。「馬が好きで走るところを見たくて来たけど、信頼を回復するのは難しいと思うよ。オグリキャップやライデンリーダーが泣いちゃうよ」、「二度とファンを裏切らないよう、クリーンなレースをしてもらいたい」、「終わったことはしょうがない。信頼の回復に努めて」などと再生への期待も込めていた。健康ウオーキングを兼ねて笠松通いを続けてきた高齢者も多かっただけに、「自粛が長かった、ようやく」という感じか。

 ■「やっと本来の競馬場に」とファンに感謝

 競馬組合の関係者は「お客さんなしでは寂しかったです。やっと本来の競馬場になって、いっぱい来ていただいて良かったです。無事に一日を終えられることを願っています」と、ファンの来場を歓迎し、笠松競馬場の日常を取り戻せたことに感謝。入場者については「これまで1日800人ぐらいでしたし、1000人はいかない」とのことだが、一層のファンサービスに努めていけば、来場者を増やすことも可能だ。

 若い世代への新たな魅力づくりでは、イベントなどでウマ娘とのコラボ企画も浮上していたが、今年1月の所得隠し発覚で「シンデレラグレイ1巻発売」を記念した協賛レースは開催できず。今後はオグリ像近くに記念撮影ボードを置くなど「インスタ映え」するコーナーの新設も期待されており、「前向きに考えていきたい」とのことだった。

 レースが行われなかった「空白の8カ月間」には、人も馬もファンも失い、馬券収入はなく厩舎関係者らへの補償費は膨らんだ。有観客レースは再開されたばかりで「再生」への道のりは険しいが、一開催ごとに一歩ずつ地道な取り組みで再発防止策に努めて、ファンの信頼を取り戻していくべきだ。

 「黒いカネ」などで大揺れし、逆風続きだった笠松競馬。公正確保の「クリーン度100%」を徹底し、聖地巡礼で訪れるウマ娘人気も追い風にして、より魅力あるレース、競馬場づくりでファンを楽しませていきたい。