冠動脈の薬物溶出バルーン治療による晩期内腔拡大の1例。治療から6カ月後には、治療直後よりも病変部は拡大しており、2年3カ月経過しても維持されている

循環器内科医 上野勝己氏

 1977年9月、世界で初めて冠動脈の狭窄(きょうさく)をバルーンカテーテルで拡張するいわゆる風船治療が40歳男性に対して行われ、見事成功しました。冠動脈に異物を残さないこの治療法は、強い抗血小板薬を飲む必要がなく長期予後も良好でした。しかし、風船治療単独では治療後3カ月前後で病変部が再び狭くなる再狭窄が20~30%の患者で起こることが問題でした。

 この弱点を克服するため、風船治療後に、薬物溶出ステントを追加することが現在の冠動脈治療の主流となりました。2002年に開発された、ステントという金属でできたメッシュ状のチューブに内膜増殖を抑える薬物を塗ったものです。再狭窄は激減して10%以下となりました。しかし二つの問題が残されています。一つ目の問題点は、薬で内膜によるステント被覆を抑制したために一部むき出しになったステントが血栓症を起こす晩期血栓性ステント閉塞(へいそく)です(年率0・2~0・3%で発生。死亡率60%)。そのため強力な抗血小板薬(血液サラサラの薬)を少なくとも1種類は一生飲み続けることが必要になりました。二つ目はステントのポリマーが慢性的に血管内で炎症反応を起こすため5年後には20%で再狭窄が発生してきます。再狭窄は先送りされただけでした。

 抗血小板薬の代表的な副作用は消化管出血と脳出血です。例えば脳出血でみると、1種類だけ飲んでいる場合でも、1年間に0・2~1%の患者に発症します。高齢者では転倒による外傷のリスクが高いのですが、抗血小板薬を飲んでいると外傷による脳出血がさらに起きやすく死亡率も高いのです。

 抗血小板薬の内服を生涯必要とする薬物溶出ステントの追加以外に、風船治療後の再狭窄を予防する方法はないのでしょうか? 薬物溶出ステントが華々しく登場したその頃、ドイツのスペック博士とシェーラー博士はステントを用いないで病変に適切に薬物を送り込む方法を模索していました。やがてバルーンの表面に薬物を塗布して病変に投与する方法、薬物溶出バルーンを考案しましたが、学会も大手のメーカーも全く相手にしてはくれませんでした。途方に暮れた二人を救ったのはドイツのバルーン製作の下請け会社でした。試作品が製作され、その後のパイロット研究で素晴らしい結果が示されました。

 この薬物溶出バルーン=写真下=は01年から少しずつ臨床応用が始まりました。風船治療後に表面に内膜増殖抑制薬を塗ったバルーンを病変で拡張して血管壁に圧着させるとわずか30秒で十分な薬が血管壁に浸透します。そして薬物溶出ステントと同等の10%以下の再狭窄率であることが証明されました。しかも慢性期の血栓性閉塞はほぼゼロでステントよりも有意に少なく、強い抗血小板薬の使用は原則1カ月で十分です。その後は弱い薬を一つ服用してもらいます。しかし、副作用で薬が飲めない患者で抗血小板薬を中止しても問題が起きないのです。異物を残さないこの治療法はある時期を過ぎると抗血小板薬が不要となる可能性が示唆されます。また慢性期には内腔(ないくう)がさらに広がって安定する晩期内腔拡大という現象が60~70%の患者に認められ、しかもその長期予後が良いことが分かっています=写真上=。

 一部の患者ではステントが必要ですが、それ以外の患者では薬物溶出バルーンを用いた、ステントを入れない治療は、抗血小板薬の継続内服から解放される可能性を秘めた治療法といえるでしょう。

(松波総合病院心臓疾患センター長、羽島郡笠松町田代)