「竜王戦ではランキング戦で優勝することが目標。藤井竜王に挑戦したい」と語る高田明浩四段=岐阜市内
「こども将棋岐王戦」で対局を見守る高田四段=2021年12月、岐阜市金町、市文化センター

 2021年4月、岐阜県在住者として初の将棋プロ棋士となった高田明浩四段(19)=各務原市=。10代の棋士としてプロ初年を駆け抜け、公式戦を14勝11敗で終えた昨年1年間を振り返りつつ、新年の抱負を語ってもらった。

 

 -昨年はどんな年だった。

 奨励会三段リーグはまだ2期目で、すぐに四段(プロ)になれるとは思っていなかった。昇段が決まり、東京の将棋会館でインタビューを受けたのが印象深い。うれしかったと同時に、きちんとした将棋を指さないといけない、と思った。ちょうど各務原高校を卒業した直後で、規則正しい生活ができず体調を崩し、4月から7月くらいまで将棋にあまり集中できない期間があった。課題が多く見つかった1年。

 -一番よかった対局は。

 持ち時間の使い方が課題なので、うまくいったと思うような会心の将棋はなかなかないが、強敵に勝てたという点では、池永天志五段との加古川青流戦(6月23日)が印象に残っている。序盤苦しくてずっと辛抱する展開だったが、途中訪れたチャンスを逃さず勝ち切れた。持ち時間が1時間と短かったこともあり自分らしい将棋ができた。

 -悔しい対局や転機となった対局は。

 ここ最近で一番悔しかったのは順位戦で藤森哲也五段に負けたこと(10月21日)。藤森先生は振り飛車党だと思い込んで対策をしていたが、序盤から右玉、居飛車を志向する手を指された。確かにそれまで居飛車の対局もあったので、対策不足だった。対戦相手のことをしっかり勉強して臨まないといけないと思った。

 -6月7日の王位戦、対局開始時間に遅刻してからの勝利について。

 将棋に集中できていなかった時期だったが、遅刻はやはりショック。二度と遅刻しないよう努めた。西川和宏六段は対局後に普段通り感想戦をしてくださり、その後も研究会で教わる機会があって、温かく対応していただいた。とても感謝している。

 -戦法の「美濃囲い」を多用した印象がある。

 岐阜県出身だからというわけではない。私は元々玉が薄い戦型を得意としていて、美濃囲いはそこまで薄いわけではないが、早く組めて機動力がある囲いなので使っている。

 -その日の戦法はどう決める。

 相手が一番研究していそうな形は避ける。あとはできるだけ皆さんが使わない形を採用したいという思いがある。将棋ソフトで研究して新たな形や指し手を追究することはあるが、藤井聡太四冠がしているからといって必ずしも自分に合っているとは限らない。先人が考えた戦法には昔からの蓄積があるので、基本的にはそれを使っていきたい。

 -同学年の藤井四冠はどんな存在。

 小3で私が将棋を始めた頃から大会で活躍していた。差を縮められたことが今までなく、存在が遠くなっていくばかりなので、少しでも食らいついていきたい。藤井先生とは1局でも多く指したいという思いがある。

 -岐阜で過ごす割合は。

 基本的に週4日は岐阜にいる。土日と平日の1日、名古屋や大阪に行く感じ。自宅では研究が中心になっている。息抜きは当初、けん玉をしていたが、最近はカラオケアプリで曲を聴いたり歌ったりしている。よく歌うのは、Mrs.GREEN APPLE(ミセス・グリーン・アップル)の「点描の唄」。

 -新年の目標は。

 順位戦昇級と勝率7割以上、竜王戦ランキング戦優勝。順位戦では昨年苦労したので、来期は昇級できるよう頑張りたい。勝率7割というのは、私が現在5割台で、藤井先生と、同じく同学年の伊藤匠四段も8割台なので、2人についていきたいという思いから。竜王戦ランキング戦については、竜王に藤井先生がなられた。ランキング戦で優勝してトーナメントを勝ち上がると挑戦者になれるので、少しでも近づけるよう目標にした。今年は(腰を据えて)棋士として活躍し、実績を残したい。

 たかだ・あきひろ 2002年6月20日生まれ。各務原市鵜沼朝日町在住。陵南小3年時から将棋を始め、6年時の2014年に奨励会入会。森信雄七段門下で昇段を重ねた。得意戦法は居飛車力戦。