勢いよく水が流れ落ちる冬の「養老の滝」=22日、養老郡養老町、養老公園
途中で水がなくなる滝谷の河道=養老郡養老町鷲巣

 岐阜県養老郡養老町の養老公園にある「養老の滝」。親孝行の孝子伝説で知られる滝で、奈良時代の元号「養老」の由来にもなった。伝説では酒が湧き出たというが本当だとすると、その“酒”はどこまで流れていったのだろう。養老の滝の下流を探索すると、不思議な光景がそこに。実は、高校地理の教科書にも登場する地理学習の“聖地”だった。

◆孝子伝説や歌に「若返る」「酒湧き出る」

 昔、美濃国で親思いの貧しいきこりが年老いた父と暮らしていた。薪を取ろうと山奥に入ると、岩の間から酒が湧き出ているのを発見。ひょうたんにくんで持ち帰り、老父に飲ませると若返った-というのが養老の滝伝説だ。うわさを聞いた都の元正(げんしょう)天皇も訪れ、伝説にちなんで元号を養老に改めたという。

 昭和の歌手、春日八郎も「瓢箪(ひょうたん)ブギ」(作曲・江口夜詩(よし)=現大垣市上石津町出身=)で「飲めや歌えや世の中は 酒だ酒だよ瓢箪ブギ どうせ飲むなら養老の滝を 飲んでみたいよ腹一杯」と軽快に歌った。

 全く同感だ、と記者も現地へ。養老公園は明治時代に開園した県営公園だ。滝に続く坂道に旅館や売店が連なっている。歴史ある観光地で、実業家の渋沢栄一もここに泊まった。深く積もった雪の中を歩いていくと、幻想的な真冬の養老の滝が目の前に。勢いよく水が流れ落ちている。これが酒なら垂れ流してしまうのはもったいない。どこまで流れていくのだろう。酒…いや、水を追った。

◆水が”消える”理由、扇状地

 滝の水は「滝谷」という川になって下流に向かう。橋の上から濃尾平野が見える。その方向へ水が流れていく。川に沿って歩いていくと、なんと! 県道56号まで来たところで突如、水が消えてしまった!

 散歩中の老夫婦に話を聞くと「ここまで来ると水が地下に潜ってしまい、大雨にならないと流れない」とのこと。調べると、この辺り、地形図の読図で高校地理の教科書にも登場していた。扇状地と呼ばれる地形が広がり、養老山地から流れる川の多くが途中で地下に伏流する水無川に。川ではなく「谷」と呼ぶのはそれが理由で、水は大雨の時だけ河道を流れる。そうした地形のマジックで水が消えたのだった。

 滝谷の南を流れる「小倉谷」では珍しい光景も。大雨の度に山から運ばれた土砂が川に堆積し、川底が上昇。民家の屋根より高い位置を流れる「天井川」になっている。そのため、養老鉄道の線路や道路がトンネルで、小倉谷の河道の下をくぐる。さらには津屋川が小倉谷の下を流れる“川の立体交差”も見られる。

 老夫婦によれば、伏流した水は平地の手前で湧き水となって吹き出し、津屋川に出て揖斐川から伊勢湾に流れ込むという。その頃には滝の“酒”も、水っぽい酒どころか酒っぽい水になっているだろう。

◆滝の水は誰のもの?

 最後に瓢箪ブギの歌詞3番。「いくら飲んでも養老の滝が 空になったるためしない 飲めよあびろよ滝の水」。確かに、無限に飲めたら連日、酒客が大行列で一大観光地だ。飲みたい。でも、そもそも養老の滝の水って誰のもの?

 県営公園だが、国有地だというので財務省の岐阜財務事務所に問い合わせ。管財課の鬼頭克典課長が応じてくれた。「地表を流れる水は、空気のように誰のものという特定が難しい。無主物、みんなのものとしかいえないのでは」。滝の水が酒だったら? 「無主物に変わりはないが、売って利益を得ようとなると話は変わる。土地の所有者としては対応を検討する必要があるかもしれない」と真面目に答えてくれた。

 ならば、酒を売らずに無料の飲み放題にすれば…。いや、そんな夢のような話はない。