脳神経外科医 奥村歩氏

 皆さま、寒中、お元気でお慶(よろこ)びです。

 昨年末、恩師・長谷川和夫先生がお亡くなりになりました。先生は認知症医療の第一人者で「長谷川式スクリーニング検査」=表=の開発者としても有名でした。そんな先生が、2017年、自らが認知症になったことを公表されたのです。

 現代社会に広がった「認知症は、運の悪い人がなる“絶望の病”である」という誤解。これは、認知症の本人と家族、そして他の多くの方々を不安に陥れています。そこで、新春に当たり、長谷川先生の「三つの教え」を紹介します。

①誰しも受け入れなくてはならない宿命

 「認知症になったことを公表することに迷いはなかったのですか?」と、先生は記者に問われました。ためらわず、「ない! それが僕の最期の務めだろう。認知症の専門医だって認知症になるんだから。隠す必要は何もないんだよ」。先生は、誰もが認知症になってもおかしくないことを、身をもって示されました。

②「自分」は変わらない

 最近、認知症になった方が社会に対して「私は前と何も変わっていないのに、周りから“ボケ扱い”されとても悲しい」といった、自身の心境を語り始めています。さらに、医学的に認知症が詳しく分析され、認知症になっても「その人らしさは生き生きしている」ということも判明しています。

 先生は晩年、「皆と同じように、悲しい時は悲しいし、うれしい時はうれしいんだ。認知症になったからといって、何もかも分からなくなるわけじゃないんだ。僕が言うんだから、これは確かだよ」と話していました。

③絆の重要性

 認知症では「その人らしさ」が軽視され、家族など周囲の方々との絆が希薄になると「意欲の低下」や「暴言・暴力」などの、つらく悲しい行動・心理の症状が出現します。そのような場合、「その人らしさ」に寄り添った、適切な対応に変えれば、深刻な症状が改善するのです。先生は「僕自身、あらためて絆をつくる大切さを実感しています」と語られました。カリスマドクターとして多忙を極め、学会・講演会を駆け巡り、大切な人々と過ごす時間が少なかった先生。しかし、認知症と診断され、仕事を減らしてから、家族と思い出話に花を咲かせ、近所の理髪店や喫茶店での会話を楽しむ機会が増えました。「改めて、身近な人の存在の大切さに気付いた。認知症になったからこそ分かることもあるのです」

 先生のような境地に達するのは容易なことではありません。だからこそ、周りの方の対応が重要になります。認知症の方とは、最近の出来事ばかりを話題にすると、気持ちが通いにくい。近時記憶の低下があるからです。それに対して、認知症になっても「その人らしさ」を形作る芯の部分は長く残ります。そこに焦点を当て、共感できる話をしてください。懸命に働き、子育てをした、輝いていた「古き良きアルバム」に思いをはせればよいのです。

(羽島郡岐南町下印食、おくむらメモリークリニック理事長)

◆長谷川式スクリーニング検査(抜粋・改)

・これから挙げる三つの言葉を言ってください。後で尋ねるので、覚えておいてください(例:ⓐツバキⓑ犬ⓒバス)

・100から7を、順番に(2回程度)引いて言ってください

・これから言う数字を逆から言ってください(例:3、5、2)

・先ほどの三つの言葉をもう一度言ってください(自発的に正解が出れば高得点。もし回答がない場合、ヒントを 例:ⓐ花ⓑ動物ⓒ乗り物)

・知っている野菜の名前をできるだけ多く言ってください(回答数の多さに準じ得点)