新しい地方経済・生活環境創生本部の会合であいさつする石破首相(中央)=6月13日
 「まち・ひと・しごと創生本部事務局」の看板を掛ける(左から)石破茂地方創生相、安倍晋三首相、菅義偉官房長官=2014年9月、代表撮影、肩書きは当時
 宮城県内で働く外国人労働者は1万3千人を超える。震災前から3倍以上に増え、復興の担い手として欠かせない存在だ。写真はインドネシア人技能実習生のムハマド・ヌル・ソレさん(左)ら=2021年1月、宮城県気仙沼市で撮影

 20日投開票の参院選は、終盤戦に入った。与野党候補による舌戦のボルテージが上がる中、石破政権が選挙戦直前に鳴り物入りで発表した「地方創生2・0」は、急浮上した外国人労働者問題の影に隠れたのか、大きな争点になっていない。

 人口減少や高齢化、経済疲弊といった喫緊の課題を抱える地方にとって、まさに死活問題になるはずのこの政策がなぜ有権者の関心を集めず、議論を喚起しないのか。

 「良識の府」と呼ばれる参院は、将来を見据えた骨太の議論が十分可能なはずだ。それでも、争点にならない要因は、いったいどこにあるのか。

 ▽バージョンアップ

 「地域の多様な利害関係者が役割を最大限に発揮し『地方創生2・0』を力強く推進していく必要がある」。参院選公示まで3週間近くに迫った6月13日、石破茂首相は官邸で開いた「新しい地方経済・生活環境創生本部」の会合で、地方創生のバージョンアップを宣言した。

 地方創生2・0は政府がこの日閣議決定した、今後10年の地方活性化策に関する基本構想だ。東京圏から地方に移住する若者の比率を倍増させるほか、仕事や趣味などで居住地以外の地域に継続的に関わる「関係人口」を増やすため、自治体が「ふるさと住民」制度を創設し、1千万人の登録を目指すと打ち出した。

 地方創生は2014年から始まった。地方の人口減少に注目が集まる中、安倍政権が掲げた最重要政策だった。内閣官房に「まち・ひと・しごと創生本部事務局」が発足。石破氏が担当閣僚に任じられ、人口減少克服や地域活性化の取り組み強化に向けて、旗振り役を担った。

 その後、自民党は国政選挙のたび、地方活性化という「夢物語」をばらまき続けるようになる。今回の公約にも「全国どこでも安心と成長を実感できる『地方創生2・0』を実現します」と強調した。2014年以降の国政選挙での“成功体験”を再現したいという思惑からだろう。

 ▽かけ声倒れ

 だが、人口減少については、この10年、成果は全くない。2024年に生まれた子どもの数は、統計がある1899年以降初めて70万人を割り込んだ。女性1人が生涯に産む子どもの推定人数「合計特殊出生率」は1・15で過去最低を更新した。少子化は政府推計より15年も早く進んでいる。これは地方創生が掲げた目標と現実が、かけ離れていることを示している。

 ▽絵に描いた餅

 再起動した地方創生2・0には、根本的な課題が横たわっている。

 その最たるものが、地方が直面する深刻な人手不足への具体的な対策に欠けることだ。「人材や労働力が希少となるがゆえに、教育・人づくりにより人生の選択肢・可能性を最大限引き出す」としか触れていない。

 少子高齢化が問題になって久しい。時間がたてば、少子化は人手不足に直結する。

 特に地方では、医療・介護、農業、中小企業などあらゆる分野で働き手の確保が困難を極めている。いくらデジタルや新技術の活用で産業振興をうたっても、それを担う「人」がいなければ、まさに絵に描いた餅だ。

 ▽外国人制限論

 その間隙を突くかのように参院選では「日本人ファースト」を掲げる参政党や日本保守党が、外国人労働者の増加が治安悪化や賃金下落を招くとして「外国人労働者制限論」を選挙戦で訴え、勢いを見せている。

 共同通信社が参院選候補者を対象に行ったアンケートでは、自民のほか、立憲民主、公明、共産各党の半数以上が外国人労働者の受け入れ拡大に「賛成」「どちらかといえば賛成」と答えたのに対し、日本維新の会と国民民主党の6割弱が「反対」「どちらかといえば反対」と回答した。参政、保守両党とれいわ新選組は大半が「反対」「どちらかといえば反対」と主張し、その是非は二分された形になっている。

 ▽なし崩し

 この外国人労働者制限論に勢いを与えた背景には、政府・与党がこれまで外国人労働者の受け入れ拡大について、国民に真剣に説明し、必要性を訴えることなく、なし崩し的に徐々に拡大してきた経緯がある。日本で暮らす外国人労働者は2024年10月末時点で230万人を突破し、過去最多を更新した。

 少子化に伴う人手不足の深刻化を受け、政府は2019年に外国人労働者の受け入れ拡大にかじを切り「特定技能」を創設した。さらに2024年の通常国会では改正入管難民法が成立。2027年には「技能実習」を廃止し、外国人材の新たな受け入れ制度「育成就労」をスタートさせる予定だ。

 国立社会保障・人口問題研究所の試算では、少子化が進み2070年には日本の総人口が8700万人まで落ち込み、うち外国人が1割を超える見通しだ。

 しかし、こうした政府の拡大方針に対し、一部の外国人による犯罪や迷惑行為が社会問題化し、社会保障制度の不適切な利用も報告されるようになったことで、国民の間で不安や不信感が募っている事実も見逃せない。

 石破首相は8日、選挙中という異例のタイミングで、外国人政策の司令塔となる事務局を内閣官房に創設すると表明した。自民は公約で「違法外国人ゼロ」に向けた取り組みを加速するとして、保守層離れの対策に躍起となっている。勢いを見せる参政などへの警戒感が背景にあるのは明らかだ。

 ▽倒産ラッシュ

 地方は深刻な人手不足にあえいでいる。統計上は有効求人倍率が高くても、実際には、特定の職種や地域に求人が集中し、地方で本当に必要とされている分野では働き手が見つからないという「雇用のミスマッチ」が深刻化している。

 東京商工リサーチは2025年上半期(1ー6月)の「人手不足」関連倒産について、上半期で過去最多だったと発表。「中小企業で人手不足の深刻な影響が広がっている」と倒産ラッシュへの警鐘を鳴らした。その理由には、従業員の退職や補充に伴う求人難、人件費の高騰が挙げられ、いずれも過去最高を更新した。

 ▽外国人への依存

 これは、単に「人がいない」というだけでなく、「必要な人がいない」という質的な問題であり、地方経済の活力を奪う喫緊な課題なのだ。

 政府がこれまで、外国人労働者問題の議論を避けてきたのは、国民的な合意形成の難しさ、社会統合への懸念、そして何よりもデリケートな政治的判断が求められ、国政選挙での争点化を避けたいという思惑があったのは間違いない。

 だが地方創生2・0が真に機能するためには、この人手不足問題に向き合う必要がある。外国人労働者への依存の是非というテーマの議論も避けて通ることはできない。

 ▽理念に終わるか

 参院は解散がある衆院とは異なり、議員任期が6年に固定されている。短期的な視点にとらわれずに腰を据えて国家の長期的な課題に取り組むことができる場でもある。

 また衆院のカーボンコピーと言われないためにも、地方の声を国政に反映させるという役割も強く意識されている。そのような場であるはずの参院選において、地方の喫緊の課題である「人手不足」と、それに直結する「外国人労働者受け入れ」の議論が深まらないのは、極めて残念だ。

 外国人労働者に支えられている現実に目を背け、働き手の減少という切実な問題に対する代替案を示さないまま、外国人労働者の過度な規制強化に走るのは、地方の人手不足を深刻化し、差別助長や排外主義につながる恐れがある。

 全ての政党、立候補者は、外国人労働者の受け入れのメリットとデメリットの双方を示し、外国人労働者に依存するのか否かという、根本的な議論をやってほしい。こうした論点が深掘りされないままとなるのは、日本の未来にとって、大きな禍根を残すのではないだろうか。(共同通信社高松支局長・伊藤豪)