火災で焼けた旅館の2階部分で、再建に向けてがれきを片付ける渡辺慎弥さん=13日、大野郡白川村荻町

 今年2月に岐阜県大野郡白川村荻町の世界遺産・白川郷合掌造り集落で起きた火災で、集落内唯一の温泉旅館「白川郷の湯」が焼け、経営者の渡辺靜雄さん(86)が命を落とした。残された家族らは「祖父が『村のために』との思いでつくり上げた旅館を守りたい」と再建を決意し、修繕作業に取りかかっている。

 白川郷の湯は、建設会社を経営していた靜雄さんが敷地内で井戸の掘削中に偶然源泉を掘り当てたのを機に、「村振興の一助になれば」と2002年に開業した。宿泊客と住民が一つの風呂を使う合掌家屋宿が多い集落では、村民からも日帰り入浴の場として重宝された。新型コロナウイルス感染拡大前には年間約4万人が訪れていた。

 火災は今年2月10日の午前7時10分ごろに発生。旅館はコロナ禍で週末のみ営業しており、この日は休館中だった。宿泊客や利用者はいなかったが、旅館近くに住む靜雄さんは早朝から出勤していた。孫で旅館副支配人の慎弥さん(36)は「働き者の祖父は、休みの日も職場に行くのが習慣になっていた」と話す。

 「温泉が火事やぞ!」と叫ぶ近隣住民の声を聞いて慎弥さんが駆け付けると、旅館は灰色の煙に包まれていた。窓から燃えさかる炎が見え、「祖父はもう駄目なのかな」との考えがよぎった。2階で遺体となって見つかった靜雄さんは、出火元とされる従業員用風呂から逃げ遅れたとみられる。鎮火後、変わり果てた旅館に足を踏み入れたときのことを、慎弥さんは「これから、何をどうしていけばいいのか、と頭が真っ白になった」と振り返る。

 靜雄さんは生前、当時対面通行だった郡上市の東海北陸自動車道で起きた事故で娘家族5人を失ったことから、4車線化の要望活動にも奔走し、実現に尽力した。靜雄さんを知る元村助役の男性(83)は、「みんなのためになるなら、と何事にも熱心に動く姿が印象的だった。本当に立派な人だった」と悼んだ。

 火災では2階部分の大半が焼け、残った壁や布団などの備品もすすや焦げ臭いにおいが付き、一新する必要がある。再建への道のりは厳しいが、慎弥さんは「祖父の気持ちを大切にしたい」と心を決める。家族や従業員と共に、毎日こつこつとがれきを運び出している。5月に修繕工事を始める予定で、秋ごろの営業再開を目指す。今月からはクラウドファンディングでも支援を募っており、慎弥さんは「また、多くのお客さんに楽しんでもらえる旅館にしたい」と前を向いた。