豊臣秀吉が織田信長の家臣時代に書いたとみられる自筆の書状が、岐阜県各務原市の「内藤記念くすり博物館」で見つかった。湯治に随行する家臣らが使う品物を準備するよう指示する内容で「人たらし」とされた秀吉の気配りが垣間見える。調査した東京大名誉教授の橋本政宣さん(83)は「現存する秀吉自筆の書状で最も古いものの一つ」と評価する。
2018年、別の史料を見るため同館を訪れた橋本さんが「豊大閤御消息」と書かれた桐箱の中から、巻物のように仕立てられた書状5通を見つけた。解読を進め、うち4通を秀吉の自筆と確認した。
橋本さんによると、書状の1通目は元亀元(1570)年12月29日付で、平仮名交じりの文体で、秀吉の妹の夫に、正月に湯治に向かうので、家臣や付き従う女性のため、毛抜きと爪切りを100個ずつ、髪を結ぶ道具「まるかみ」を5本、急ぎ手配して持ってくるよう命じる内容だった。「秀吉」と記され、花押も確認できた。
書状は3日〜12月23日、博物館の特設スペースで一般公開される。










