笠松競馬場に里帰りしたオグリキャップの雄姿。ゴール前でファンの熱視線を浴び、記念レースを盛り上げ、競馬場復興の救世主にもなった=2005年4月

 オグリキャップは泣いていない、怒っているんです。同じ笠松育ちの先輩として、後輩である騎手らが馬券購入事件を起こしたことを。そして、看板レースとして予定されていた「オグリキャップ記念」が4月29日には開催できなくなったことを―。
 
 笠松競馬場といえばオグリキャップ。馬券を買ってくださる大勢のファンを裏切り、聖地巡礼の「ウマ娘ファン」にも来場してもらえないことは痛恨の極み。現役時代、レースでは「頭を低くして沈み込み、地をはうような」走りだったが、同じように頭を低くして謝っていることだろう。

 今年で30回目の節目を迎えるはずだったオグリキャップ記念。5月中のレース再開直後は無理でも、コロナ禍もあることだし、夏か秋に延期して開催してはどうだろうか。

■競馬場のピンチを救ってきたオグリキャップ

笠松競馬場の正門東では、出世馬オグリキャップの等身大記念像がいつも来場者を迎え入れてきた。引退して遠くへ旅立ってからも、オグリ像は「笠松競馬永続の守り神」として天国から目を光らせ、パワースポットにもなってきた。レースではどんな苦境でも「最後まで諦めない走り」でファンを勇気づけた。伝説のオグリコールは永遠の響きとなって、競馬ファンの心にエネルギーを与え続けてきた。

「笠松競馬永続の守り神」として、ファンを迎え入れてきたオグリキャップ像

これまでも存続のピンチだった2005年には、救世主となって笠松競馬場に里帰りし、主戦だった安藤勝己騎手とも再会。ゴール前に駆け付けたファンたちに雄姿を披露。オグリキャップ記念や芦毛限定レースなどで笠松競馬の復興を全国にアピールし、ピンチを救ってくれた。

 「オグリがいなかったら、とっくに廃止になっていた」というのが、笠松競馬ファンや関係者の共通認識。騎手、調教師らの馬券不正購入には、守り神として「このまま続けば、(廃止など)いつか取り返しのつかないことになる。もう許せない」と我慢ができなかったのだろう。笠松の後輩たちの愚行を戒め、怒りを込めて不正を暴き出してくれたのだ。

 廃止寸前の時代には、若手ジョッキーとしてオグリ像の前でファンサービスにも励んでくれたが、そのうちの数人は馬券購入に手を出し、既に引退した。今回の事件では八百長は「グレー」だが事実認定には至らず、馬券購入が「ブラック」となった。騎手11人が逮捕された昭和の覚醒剤・八百長事件では2カ月後(中止は2開催)に再開されたのに、令和の馬券購入事件では、4カ月・7開催もレースが中止になった。

■「黒い霧」噴出、事件発覚はなぜ笠松だったのか

 騎手らの馬券購入で「黒い霧」が噴出し、競馬場内に充満したが、ようやく実態が解明された。全国の地方競馬でも同じような「黒いうわさ」がファンの間でささやかれてきたが、事件発覚はなぜ笠松だったのか。

 これはやはり、ライデンリーダーらが地方・中央の高い壁をぶっ壊す挑戦を続けた「地方競馬の聖地」としての宿命だったのだろう。主催者として、どんなに批判を浴びてもいいから、他場に先駆けて不正を根絶しようという姿勢の表れでもあった。

 また、競馬が盛んだった岐阜県。オグリキャップは武豊騎手でGⅠ・安田記念を圧勝しているが、レースに名前を残しているのが「日本近代競馬の父」でJRA初代理事長を務めた安田伊左衛門さん。岐阜県海津市出身で「競馬というものは、競走の施行面でも馬券販売でも『公正の保持』が最も大切」という力強い言葉。全国のホースマンにとって永遠のテーマであり、今回の事件摘発では、岐阜県警や名古屋国税局をも動かした。

 騎手、調教師宅や厩舎の家宅捜索では「内部告発に応えた岐阜県の警察はよくやった」との声もあった。インターネットで馬券が買える便利な時代になったが、購入・払戻金の履歴追跡で「動かぬ物証」が残る時代にもなった。昭和の頃のような八百長に近いレースは根絶すべきで、不正一掃の波が押し寄せたのだ。

 笠松の事件解明は、他の地方競馬でも続く不正行為への波及効果は大きい。今後、同じ東海公営の名古屋や他地区でも警察の捜査や国税局のメスが入れば、新たな事実が発覚することもあるだろう。

オグリキャップ記念2度目の制覇でファンを喜ばせたカツゲキキトキト=2019年4月

 ファンの信頼を失い、もがき苦しむ笠松競馬場。馬券購入とともにセクハラ問題まで詳細に公表され、反響が大きかった。全国の競馬ファンからは「不祥事のオンパレードで、どうしようもない競馬場」という批判の声が強かった。

 それでも第三者委員会の報告書は実態がよく調査され、再発防止策を提案。行政処分の対象者は特定され、事件解明の大きなヤマは越えたといえる。主催者は競馬組合自体の「怠慢さ」も指摘した提言をしっかりと受け止め、「公正な競馬」に徹した運営に全力を注いでいく構えだ。

■笠松競馬場だけで開かれるメモリアルレース

 29日に予定されていたオグリキャップ記念は開催できなくなったが、「オグリの里」としては「ちょっと待った!」である。日程を延期すれば、今年のオグリキャップ記念が開催される可能性はまだ残っている。

 騎手らの馬券購入などでドタバタしたお家事情があってのことで、まだレースの中止が正式に決まったわけではない。かつては11月に行われたこともあり、4月でなくても延期して夏か秋に開催することは可能なはずだ。主催者の英断を期待したい。

 オグリキャップ記念は1着賞金が笠松最高の1200万円(昨年)。ラストランとなった有馬記念と同じ2500メートルで行われている。「オグリキャップ」の名前を冠した記念レースはJRAにはなく、デビューの地・笠松だけに許されたメモリアルレース。例年、全国からスタミナ自慢の長距離ランナーが集結。1997~2004年には地方・中央交流のダートグレード競走(統一GⅡ)に格上げされ、1着賞金も4000万円だった。

 競馬組合では5月中のレース再開に向けて努力を続けているが、オグリキャップ記念はそのまま中止になるのか。あるいは開催可能なのか。再開後のレースの番組編成は検討中で「まだ、はっきり分からない。自粛明け即には無理だが、夏や秋ごろに開催する可能性はある」という。それには、重賞の開催日程が他地区と重ならないことが第一。迷惑行為にならないように、他場の了解を得て日程を調整する必要がある。

「ウマ娘」の聖地巡礼か。笠松競馬場の正門をバックに、スマホで記念撮影を楽しむ女性

■笠松のレースがなくても「ウマ娘」聖地巡礼の旅

 インターネット関連では、スマホゲーム「ウマ娘プリティーダービー」が爆発的ヒット。オグリキャップを主人公に笠松競馬場を舞台にした漫画「ウマ娘シンデレラグレイ」の単行本は2巻まで発売され、品切れ続出。往年の名馬たちの縫いぐるみも再ブレークするなど新たな競馬ブームが到来した。

 不祥事が続いた笠松競馬だが、このチャンスに乗り遅れたくない。ファンからは熱いメッセージも届いた。 
 
 「オグリキャップ記念は、唯一コースを2周するレースなので絶対に見たい。オグリキャップの名前の入ったレースの紙馬券を買えるようになったらうれしいです。ウマ娘の聖地巡礼で笠松に来てくれる方もいるから、ぜひレースを見ていただきたい」

 笠松競馬場への聖地巡礼は、レース自粛中も既に始まっていた。オグリ像がある競馬場を一目見ようとうろうろ。豊橋から来たという女性は「巡礼しています。桜がきれい」と正門前で写真を撮っていた。(競馬場の横を走る名鉄電車の)「撮り鉄さん」が集まる笠松カーブも見たかったそうだ。馬券を買ったことはないが「ウマ娘が入り口になって、競馬場に興味を持った」という若者も多いという。

 女性ファンは「場内にウマ娘の記念撮影ボードを置くとか、正門や清流ビジョンにもボードを掲げてはどうか。競馬女子向けには、インスタ映えするスポットとして、オグリ像近くをもっときれいに」と提案。男性ファンからも「聖地巡礼で笠松に来てくれるのだから、その流れをプラスにして、競馬場が良い方向にいくといいですね」とエールを送っていた。

■「波乱含み」でなく、「平穏」を願って

 「オグリの里」としては、事件の実態解明と浄化を進めた上での早期再開を願ってきた。人気漫画「あしたのジョー」バージョンで「立ち上がれ、あしたのために」を続けているが、競馬場再生へのメニューはとうとう「その10」になってしまった。「あしたのジョー」では矢吹丈が主人公。少年鑑別所の独房では、丹下段平(元ボクサー)から届いた練習メニュー「あしたのために」のはがきを手にパンチを磨いた。最近、JRAでも「あしたのために、競馬はある。」のテレビCMを流していることに気付いた。コロナ禍の中、「ゴールを目指す競走馬のように、前向きに生きよう」というメッセージのようにも感じた。

 8年連続で黒字を確保した笠松競馬だが、「いつまた風向きが変わって、逆風が吹き始めるかもしれない」との思いが常にあった。今回の事件で、うれしくない予感が的中してしまった。不祥事は出尽くした感もあるが、また何かやらかすかも。今後の行方をレース展開でいえば、当分は「波乱含み」でなく、「平穏」であってほしいものだ。

 1月には「ウマ娘シンデレラグレイ1巻発売」の協賛レースが中止になったが、仕切り直しの一戦を期待。管理者である笠松町長も願っていたコラボイベントを開催できれば、若者にも多く来場してもらえる。「地方競馬が盛り上がってきたのに」というウマ娘さんたちの力も借りて、今年のオグリキャップ記念が開催できるといい。