精神科医 塩入俊樹氏

 今回はまず、依存症の定義をおさらいしましょう。世界保健機関(WHO)によると「精神に作用する化学物質の摂取や、ある種の快感や高揚感を伴う行為を繰り返し行った結果、それらの刺激を求める耐え難い欲求が生じ、その刺激を追い求める行為が優勢となり、その刺激がないと不快な精神的・身体的症状を生じる、精神的・身体的・行動的状態」とされています。さらに、このような状態では、心身の健康や会社や家庭、学校での活動、人間関係などにさまざまな著しい支障(これを「社会機能障害」といいます)が生じてしまうのです。

 しかし、全ての物質や行動が依存症を引き起こすわけではありません。2018年6月に発表され、22年1月1日より施行予定の最も新しいWHOの国際疾病分類ICD-11によると、依存症は「薬物使用症または嗜癖(しへき)行動症群」といわれ、大きく「薬物使用症」と「嗜癖行動症」の二つに分かれます。なお、嗜癖とは専門用語ですが、習慣性のことです。

 前者は、物質の種類ごとにさらに細かく分類されます。物質の種類には、アルコール、カフェイン、ニコチンといった嗜好(しこう)品に含まれる物質や、鎮静剤、催眠薬、抗不安薬、あるいはオピオイドや合成カンナビノイドと呼ばれる麻薬性鎮痛薬などの医薬品、そして大麻などの麻薬、アンフェタミンなどの覚醒剤、揮発性の有機溶剤なども含まれます=図参照=。これらの中には持っているだけでも違法なものも少なからずありますが、それらの依存症だからといって罪が減弱されることはありません。

 また後者は、「ギャンブル症」と「ゲーム症」に分類され、特に「ゲーム症」はICD-11によって初めて病気と認定された新しい依存症です。また、もう一つの「ギャンブル症」が依存症に含まれるようになったのも13年以降のことです。つまり、元来、依存症とは物質に対する依存のみを示す言葉でした。

 時代が変わり、私たちの利用する技術や生活が変わっていく中で、依存症の対象になる可能性を持つ物質(例・危険ドラッグ)や行動が次々と登場し、そのたび、これらの対象が本当に病気と見なされるのか、その線引きを社会全体の同意をもって専門家が行っています。依存症の病名は慎重に付けないと、その人の人生を極端に変えてしまう凶器にもなるので、常に十分な論議が必要です。

 では、これらの物質や行動をする人は、すぐに依存症という病名が付くのでしょうか。例えば、大酒家は「アルコール依存症」になるのでしょうか。それは全く違います。実際、飲酒という行為自体は多くの人が行っています。そもそもアルコールは嗜好品ですから、仕事から帰って家でリラックスをしてお酒をたしなむ、といったように飲酒を趣味とする方も少なくありません。本人が飲酒の量や時間をきちんとコントロールでき、著しい社会機能障害がなければ、依存症ではありません。

 次回は、依存症の原因についてお話しします。

(岐阜大学医学部付属病院教授)