産婦人科医 今井篤志氏

 不妊治療には健康保険が適応される治療と適応外(自費診療)のものがありますが、近々ほとんどが公的医療保険で受けられる方針が固まりつつあります。不妊カップルの約40~50%は男性側、つまり精子に原因があるといわれています。今回は意外に知られていない精子について考えてみましょう。

 通常、生殖時に腟(ちつ)内に入ってくる精液の量は2~5ミリリットルで、その1ミリリットル中に約0・5~1億個の精子がいます。つまり、約1~4億個の精子が腟内にいることになります。精液中の精子は新鮮で活動性があっても、そのままでは卵と合体することができません。子宮・卵管の中を移動することによって卵と合体する能力を獲得します。これを受精能獲得といいます。

 子宮内に泳ぎ上がった精子は、数日子宮内で生き続けますが、ほとんどは死滅し、体に吸収されてしまいます。腟から卵管の先端まで回り道することなくたどり着くのは100個程度です。そのうち1個の精子が卵巣をタイミングよく飛び出た新鮮な卵と出合い、合体し、受精します。この活発な精子は1時間程度で卵管の先端にいる卵のところまでたどり着きます。時速15センチの速度です。

 精子が自力で動くために、尾部にぎっしり詰め込まれたミトコンドリアでエネルギーが産生されます。また、受精能獲得は卵管内のタンパク質によって精子のコレステロールが除かれることが引き金になります。精子の内部ではさまざまな化学反応が起こりますが、外観上の形の変化はありません。

 受精能獲得を終えた精子は卵を包むゼリー状の膜(透明帯)に頭部から侵入します=図=。精子の大きさは0・06ミリですが、卵はほぼ倍の1・1ミリあります。精子の頭にある尖体(せんたい)から卵の殻を溶かす酵素を出し、卵の透明帯を突き破って内側に侵入します。そして、精子は卵に横付けし、それぞれの細胞膜が癒合します。すると精子内の遺伝子を含む内容物が引き込まれ、精子と卵の二つの細胞が一つの細胞(受精卵)となります。このようにして、受精卵は父からの遺伝子と母からの遺伝子を併せ持つことになります。侵入した瞬間、卵の周りには受精膜というバリアが張られ、他の精子の侵入を防ぎます。

 思春期になるとホルモンの分泌が盛んになり、男子の精巣では精子の元になる精祖細胞が精巣の中で次々と細胞分裂を繰り返します。この細胞分裂の過程で抗がん剤、放射線やおたふく風邪(流行性耳下腺炎)などのウイルスにさらされると精子がうまく作られなくなります。精祖細胞が精子に成長するまで、約74日かかります。

 一方、卵は、女子がまだ母親の子宮内にいる時(胎児の時)に卵巣ができると一生分の卵ができます。そして、生まれてから年齢を重ねるにつれて数が減っていきます。精子は次々作られますが、卵はせいぜい400個(月に1個、15歳から50歳まで排卵すると仮定)が排卵されるに過ぎません。

(松波総合病院腫瘍内分泌センター長・羽島郡笠松町田代)