「高田明浩さんの保護者の方は、お残りください」

 健康センターでの1歳半健診が終わり、皆がぞろぞろと帰宅する中、私たち夫婦は残って、保健師さんの面談を受けることになりました。他の子たちが上手に歩く中、息子だけが歩けなかったからです。それまで、周りの人から「遅いね」と指摘されることもありましたが、私は特に気にしていませんでした。しかし、専門家から「発育が遅いですね」と言われると、さすがに心配になりました。

 9カ月の頃、ハイハイする“明浩ちゃん”。父方の祖母・初美さんとともに=大阪府堺市内

 その翌日、保育園の先生は、「発育には個人差があるから、気にしなくていいですよ」と、おっしゃってくださいました。その言葉に励まされ、私たち夫婦は、今まで通り、あまり気にせず、子どもの発育を気長に見守ることにしました。

 夜、保育園から自宅へ戻ると、目を疑うような出来事がありました。息子が突然、歩く練習を始めたのです。いつも笑顔の息子が、いつになく真剣な表情で、手押し車につかまりながら、立って押し続けていました。その姿は、まさに「特訓」と呼ぶにふさわしいものでした。成果はすぐに表れ、2週間後には歩けるようになりました。1歳半健診で、同じ月齢の子が皆歩いていたことが、刺激になったのだと思います。息子の姿から、努力の大切さを教えられた気がしました。

 話は、今の息子のことに移ります。息子はいつもマイペースで、必要性を感じないと行動に移さないところがあります。例えば、奨励会在籍中に何度か経験した、対局成績が悪くて降級点が付きそうになったときのことです。そんなとき、私はヒヤヒヤしましたが、息子は急にやる気を出して勉強し、ピンチを乗り切ってしまうのです。降級点を回避すると、一気に昇級へ持って行くような力強さがありました。プロ入り初年度の順位戦も、前半戦で1勝4敗となり、降級点が付くピンチを迎えたのですが、その後、奮起し、最終的に5勝5敗で終えました。そのことは、3月の紙面でも詳しく報じていただいた通りです。息子は、生まれたときから、ピンチになるほど力を発揮するタイプなのかなと思います。

 「ピンチをチャンスに変える」。そう言うと格好よく聞こえますが、私たち夫婦は、いつも冷や汗をかいてばかりです。「明浩の親をするのは、心臓に悪いね」と、妻とよく話しています。

(「文聞分」主宰・高田浩史)