色紙を手に自宅の庭で笑顔を見せる高田明浩さん=2021年4月、各務原市鵜沼朝日町

 プロ入り後、息子の明浩が最初に取り組んだことは、日本将棋連盟発行の月刊誌「将棋世界」に掲載される「昇段の記」の執筆でした。原稿の締め切りまで数日しかなかったため、息子は大急ぎで、お世話になった皆さんへのお礼を書いていました。

 次に取り組んだことは、落款の製作です。落款とは、色紙に押す氏名と言葉の印鑑のことです。森先生から、「コロナ禍なので今年は一門祝賀会ができませんが、記念扇子を作るので、プロ入りした高田君にも揮毫(きごう)してもらいます。そのために、早めに落款を作ってください」と連絡があったためでした。

 息子は、辞典などを見て落款にする熟語をいくつか考えた後、「研鑽(さん)」という言葉を選びました。「研鑽」とは、「技能の上達を目指して自主的に努力すること」です。

 組織で働いている場合、新人研修や管理職研修など、折に触れて研修の機会がありますが、棋士は個人事業主のため、そのような研修はありません。そういった点で、自主的に努力することを指す「研鑽」という言葉を選んだことは、とても良いことだなと感じました。

 与えられた仕事をこなすだけでなく、自主的に技能の向上のために努力することは、どんな分野で働いていても、大切なことです。

 特に、戦法や戦い方の技術がAI(人工知能)の発展とともに日々進歩し、事前研究が大きなウエートを占める将棋界では、技能向上のための自主的な努力は欠かせないものだと感じます。

 息子が「研鑽」という言葉を選んだことには、そこまでの理由はないかもしれませんが、私は、棋士を続ける限り、生涯研鑽を続けてほしいと思います。私自身も、(「文聞分」の)生徒に教える以上、生涯学び続け、自分の技術を向上させていこうと、いつも思っています。

 落款が届くと、息子は森先生に揮毫を提出し、その後、近くのスーパーでたくさん色紙を買ってきました。

 息子は色紙にどんな言葉を書くか、しばらく悩んでいましたが、最終的に「笑顔」という言葉に決めました。そして、とても楽しそうに揮毫していました。私も、「笑顔」という言葉は、いつも笑顔で過ごしている息子にピッタリだなと感じました。

 色紙を書き終えると、最初に将棋を教えてもらった柴山芳之先生の将棋教室や岐阜将棋クラブの富田祐史先生、愛岐会の植田二郎先生ら、お世話になった皆さんに持参し、私の教室の生徒にも渡していました。皆さん、とても喜んでくださったそうです。

 桜のお花見や庭のチューリップなども一緒に楽しみ、和やかに岐阜で過ごした時期でした。

(「文聞分」主宰・高田浩史)

 =随時掲載、題字は高田明浩五段=