長崎市で被爆した体験を語る池田道明さん=安八町大野、登龍中学校

 戦争の悲惨さや平和の大切さを子どもたちに考えてもらおうと、岐阜県安八町大野の登龍中学校で、被爆者を招いた体験講話があった。6歳のときに長崎市で被爆した池田道明さん(83)=長崎県長与町=が当時の光景や人々の様子を語った。

 池田さんは1945年当時、国民学校の1年生。母親は爆心地から南東700メートルにあった長崎医科大付属病院で、付添婦として住み込みで働いていた。池田さんも一緒に寝泊まりしており、母親が入院中だった同い年の「しげちゃん」とすぐに仲良くなったという。

 8月9日、2人は、病院の屋上で爆弾の破片を集めて遊んでいたが、しげちゃんが「便所に行きとうなった」と言い出し、一緒に降りることに。エレベーターに乗り、1階に到着した午前11時2分、扉が開き踏み出した瞬間、右からピカッと白い光を浴び、気を失った。

 むき出しになった土の上で、われに返った。「しげちゃーん」と呼びかけたが、反応はない。2度目に呼びかけた後、暗闇から「みっちゃーん」としげちゃんの声が返ってきたが、どこにいるか分からなかった。

 ガラスが全て吹き飛んだ窓枠から中庭に出ると、火の海の中、黒焦げの人、飛び出した眼球が頬にくっついた人、上下の唇がめくれ歯がむき出しになった人、体が2倍ほどに膨れ上がった人を見た。植えられていた木は全て倒れて燃えており、池田さんは、火の手から逃れようと、夢中で病院の裏山に駆け込んだ。

 道の両脇にたくさんの人が死んでいた。皮膚が焼けただれ垂れ下がった人たちが、お化けのように両手を前に差し出したまま次々と山に向かい歩いてくるが、どんどん力尽きて倒れていく。「でも、誰もその人たちに声をかけない。誰にもそんな余裕はない。戦争は人の心を変えてしまう」

 翌日、病院に戻り、無事だったしげちゃんやけがを負った母親らと再会したが、池田さんは市郊外の親戚宅に身を寄せるため、病院を出ることになった。その後、しげちゃんの母親と祖母が亡くなり、元々父親が戦死していたしげちゃんは6歳にして天涯孤独になったと伝え聞いた。

 その日以来、しげちゃんとは会えず、消息はつかめていない。「戦争さえなければ、しげちゃんだって一人ぼっちにならず、違った人生だったはず」と話し、「今後の日本を背負うのは皆さん。戦争の悲惨さと平和の尊さを忘れないでほしい」と締めくくった。

 3年生の男子生徒は「被爆した当時のリアルな話を聞けて勉強になった。戦争の歴史を知った上で、これからの人生を生きていきたい」と感想を述べた。