「テコンドーの元全日本チャンピオン」。妻のプライベートな肩書です。

 息子は5歳のとき、妻の勧めでテコンドーを始めました。病弱で運動制限があった息子に、短時間でも取り組める運動で体力を付けさせよう、と願ってのことでした。

 通い始めると、妻は、送迎の待ち時間が退屈になり、息子と一緒に練習するようになりました。妻は昔、剣道をしていたこともあってか、テコンドーが好きになり、熱心に取り組むようになりました。一方、息子はテコンドーが好きではありませんでした。1年ほどたつと、息子は辞めてしまいました。

 子どものために見つけた習い事を子どもが辞めた場合、たいていは親も辞めてしまうと思います。しかし、妻は違いました。辞めないばかりか、テコンドーのとりこになり、精力的に取り組むようになりました。通う回数も、週1回から週2回に増え、数年後には、大会に出るようになっていました。さらに、週3回、週4回と、テコンドーの練習に打ち込むようになります。5年目ごろからは、週5、6回、岐阜市の道場へ通うようになり、新人戦優勝、東海大会優勝という成果を挙げます。そして7年目、目標に掲げていた全日本チャンピオンとなりました。

テコンドー道着の姿でポーズをとる5歳の高田明浩さん=岐阜市内

 私はテコンドーの大会へ何度か応援に行ったことがあります。全身あざだらけになる妻の姿や、脳振とうを起こして救急車で運ばれる選手の姿を見ると、勝利より、妻の無事を祈るばかりでした。妻は、イタリアでの世界大会を、事故の危険性を憂う私の心情を考慮して見送ってくれたのですが、今となっては、チャレンジさせてあげた方が良かったかなと思うこともあります。

 妻がこのとき、一心不乱にテコンドーに取り組んでいた姿が、将棋を始めた息子に大きな影響を与えたことは、間違いありません。スポーツ万能のように思われることの多い妻ですが、実際には、スポーツが得意なわけではなく、むしろ、運動神経は悪い方です。しかし、誰にもまねできないほどの驚異的な努力で、少しずつ上達し、最終的に素晴らしい成果を挙げました。

 「がむしゃらに努力すれば、できないことはない」。妻は、自分自身の姿を通して、そんなことを息子に伝えたように思います。私自身は闘争心がなく、戦いには全く不向きなタイプです。将棋の道へ進んだ息子は、妻の姿を通して、勝負師に必要不可欠なファイティングスピリッツと努力の大切さを学んだのではと感じています。

(「文聞分」主宰・高田浩史)