脳神経外科医 奥村歩氏

 秋の空気が凛(りん)として、気持ちの良い季節となりました。皆さん、お散歩してますか? 今回は認知症の予防について考えます。

 20世紀末のアメリカでのこと。85歳の修道女バーナデットが心臓発作のため急逝しました。彼女は亡くなる直前まで心身共に健康で、奉仕活動に従事していました。彼女は死の直後、認知症の研究者によって解剖されました。なぜなら修道女たちは、認知症解明プロジェクト「ナン・スタディー」に協力し、自身の遺体を医学の発展のために献上することにしていたからです。このプロジェクトでシスターたちの脳を分析した結果、衝撃的な事実が明らかになりました。この研究対象の中で長寿だった修道女の多くには、脳にアミロイドβ(ベータ)がたまっていました。アミロイドβはアルツハイマー型認知症の原因物質です。当時は「アミロイドβがたまると、必ず認知症になる」と考えられていました。ところがプロジェクトでは、アミロイドβが相当にたまっていた修道女のうち、3分の1もが、認知症を発症していなかったのです。シスター・バーナデットもその一人だったのです。

 研究者たちは、アミロイドβがたまっても認知症にならない人は「認知症を防御する抵抗力が強かった」と考えました。そして、認知症を予防するこの力を認知予備力と名付けたのです。

 認知予備力とは脳の免疫力のようなもの。予防接種による免疫力が病原菌やウイルスから体を守ってくれるように、認知予備力は、認知症の危険因子から脳を守ってくれます=図=。そして、シスター・バーナデットのように認知予備力が高いと見なされた方は、頭と体をよく使い、奉仕精神が豊かな傾向を認めたのです。

 「ナン・スタディー」を皮切りに、欧米では、認知予備力と生活習慣との関係について徹底的に研究されました。その膨大な研究の集大成が、2020年、権威ある医学論文誌Lancet(ランセット)で発表されました。その結論は「知的活動・運動・生活習慣病・コミュニケーションなど生活習慣の改善によって、認知症の40%は減らすことができる!」というものでした。

 そのポイントは

①頭を使い趣味を楽しむ
②運動をする
③生活習慣病(高血圧・糖尿病など)を予防する
④人と上手に関わる

 さらに、①~④は組み合わせることによって、より相乗的に認知症予防効果を高めます。例えば、クロスワードパズルなどの脳トレよりも、マージャンや将棋など相手がある趣味が効果的(①+④)。運動は生活習慣病を予防してくれますが、スポーツジムでの、ランニングマシンや筋トレよりも、人と交わるダンスなどが有効的(②+③+④)。

 ウィズコロナの時代、人との関わりが希薄になりがちなご時世は、認知機能にとっても危機的状況です。ここは、孤高な散歩の効能も見直しましょう。季節の移り変わりを五感で感じながら、思い出の場所を歩いてみては。昔通った小学校の通学路を、わざわざ歩いてみてはいかがでしょう。輝いていた時代の夢や希望がよみがえり、過去の自分や人を回想することでも、認知予備力は十分高まります。

(羽島郡岐南町下印食、おくむらメモリークリニック理事長)