産婦人科医 今井篤志氏
人間の体の細胞は37兆個とも60兆個ともいわれています。しかし、同じ種類の細胞の集まりではなく、脳、肺や皮膚など多彩な機能に特化した細胞から成り立っています。そうすると、人間として統制の取れた活動を営むために、細胞同士のコミュニケーションが必要になってきます。細胞間の連絡方法として、代表的なのがホルモン、神経や免疫です。今回は毎月起こる月経を例に取りながらホルモンの連絡手段を考えてみましょう。
ホルモン作用を考える上で、テレビに例えると理解しやすくなります。テレビ局で電波を送る(ホルモン産生細胞)/電波(ホルモン)/電波を受信するアンテナ(受容体)/テレビ本体(ホルモンの作用する細胞)と考えてみましょう。このうちどこが障害されてもテレビは映りません。つまり、ホルモン作用がなくなります。
月経が始まると次の月経に備えて脳下垂体からゴナドトロピンという排卵指令のホルモンが分泌され始めます。テレビの例でいうと、電波が送信されます。この電波は血流に乗って遠く離れた卵巣に到達します。電波であるゴナドトロピンは卵巣細胞内に入れません。その代わり細胞表面にあるアンテナ(受容体)と結合します。すると、細胞膜の構造が変わりアデノシン三リン酸(ATP)が細胞内でサイクリックAMP(cAMP)という情報伝達物質に変換されます=図=。つまり細胞膜を介して、細胞の外と中で情報交換が行われます。
cAMPは迅速に細胞内に広がります。この細胞膜にあるシステムを効果器(GTP結合タンパク質とアデニル酸シクラーゼ)と呼びます。ホルモンを第1のメッセンジャーと考えて、細胞内産生されたcAMPをセカンドメッセンジャーと呼びます。そして、卵巣細胞の中でcAMP依存性反応、つまりcAMPによって活性化される卵胞発育やエストロゲン分泌へと指令が伝えられます。
思春期の発来が遅れている思春期遅発症や無月経・無排卵のホルモン異常はゴナドトロピンが発せられない、受容体あるいは卵巣の反応に支障があることが分かっています。
ホルモンの種類によってそれぞれに特有の受容体があり、鍵と鍵穴のように厳格に決まっています。このホルモンが作用する細胞を標的細胞といいます。そして、セカンドメッセンジャーもそれぞれです。cAMPの他にイノシトール三リン酸やジアシルグリセロールなどがあります。
ホルモンに限らず免疫や神経に関わる生体物質の大部分も標的細胞の受容体に結合し作用を発揮します。例えば近年注目を浴びている免疫チェックポイント阻害剤は、がん細胞や免疫をつかさどる細胞の受容体に結合し、がん細胞を攻撃する力を発揮する薬です(2017年12月25日付本欄参照)。近年、受容体・効果器で情報が変換されるメカニズムが分子レベルで解明されつつあり、従来の概念では治療法のなかった疾患が克服されようとしています。