桜は満開となったが、来場するファンの姿はなく、無観客レースが続いている笠松競馬場

 地方、中央競馬ともに新型コロナウイルス感染拡大防止のため、無観客レースが続いている。阪神競馬場で行われたGⅠ・大阪杯は、ファンファーレとともに鳴り響くファンの手拍子はなく、ひっそりとスタート。それでも、ゲートが開けば、人馬はゴールを目指して最高のパフォーマンスを発揮するだけだ。

 ラッキーライラックで大阪杯を勝ったミルコ・デムーロ騎手は、優勝インタビューで「お客さんがいないのはすごく寂しいし、コロナウイルスはしんどいけど、みんなで一生懸命頑張りましょう」とテレビ越しのファンに語り掛けた。感染者が多い母国イタリアへの思いも伝わった。

 全国的な移動制限もあって遠征自粛の中、笠松など地方競馬の騎手たちも、ネット越しから声援を送ってくれる多くのファンのためにも、全力で騎乗している。

 笠松では3月開催から無観客レースになった。正門などでの「入場できません」の案内は、3万人以上が押し寄せて、満員御礼で入場制限となったオグリキャップ引退式以来だろう。自然の営みは例年通りで、堤防沿いの桜並木は満開となり、ファンの来場を待ってくれていたのだが...。

無人のスタンド前で熱戦を繰り広げるジョッキーと競走馬

 車を止めて木曽川堤防から、徒歩でやって来て第4コーナー近くから、無観客レースを見物する人の姿もちらほら。ゴール付近を眺めながら、「勝ったのは何番?」と聞いてきた熱い笠松ファンの姿もあった。やっぱり、応援する競走馬や騎手のネーム入り馬券を買って、生観戦するのが一番ということだろう。 

 人気の高いプロスポーツでは、プロ野球やサッカーJリーグが開催延期。ファン来場によるチケットやグッズ販売に占める収入が大きく、無観客での開催は厳しいようだ。競馬は電話・インターネット投票による馬券販売で、無観客でもレースは開催できており、ネット投票の威力が最大限に発揮されているといえよう。

 そういえば、ネット以外にも「電話投票」という手もあったんだ。かつては笠松競馬で全国的にもいち早く導入され、昭和の時代から利用していたので、懐かしく思い出される。当初は口頭式でのんびりしていた時代。競馬場内で待機しているおばちゃんが、電話口で直接対応してくれたものだ。買い目と金額を聞き取って、内容を確認する方式で録音もされていた。

 だが、受け付けは2回線だけで、締め切り前には話し中で、つながらないことが多かった。そんな時に限って、大穴党の先輩に頼まれた買い目が入ってしまい、大万馬券を取り逃がしたこともあった。がっくりとして、おばちゃんには「回線を増やしてほしい」とお願いしたものだ。

 1998年にプッシュホン方式の電話投票、2005年にインターネット方式(Dネット)での投票が笠松競馬でも導入された。12年10月にはJRAネット投票(IPAT)が地方競馬でも利用できるようになり、笠松など各競馬場の経営のV字回復につながった。

パドック前で整列するジョッキーたち。深沢杏花騎手と吉井友彦騎手はダイヤモンド柄、木之前葵騎手はハート散らしの勝負服

 無観客開催で注目されるのは、馬券の売り上げだ。笠松競馬の数字を昨年と比較してみた。3月の弥生シリーズ6日間は、昨年が16億7386万円、今年は14億9233万円で10.8%減。新年度スタートの新緑賞シリーズ4日間では、昨年が11億865万円、今年は12億5639万円で13.3%増。無観客開催のトータルでは1.2%減。笠松本場や全国での場外発売がなくても横ばいに近い数字で、ネット投票恐るべしである。

 19年度、地方競馬全体での馬券の売り上げは22年ぶりに7000億円を超え、ネット投票(電話を含む)が約78%を占めた。無観客ではレースの熱気があまり伝わらないが、画面越しではファンが熱く応援し、投票してくれている。無観客でも経営が成り立っているのだ。

 しかし、競馬場内の飲食店をはじめ、馬券販売、清掃、警備などでレース運営に貢献してきたパート従業員らの収入減は大きいだろう。競馬専門紙も場内販売がなくなって厳しいだろうが、コンビニのネット販売でも購入できるので、便利になったともいえる。無観客開催は長引くかもしれないが、このピンチを何とか踏ん張って、次につなげてほしい。

正門横でファンを出迎えてきたオグリキャップ像。無観客でも、人馬の無事を見守ってくれている

 また、笠松競馬場では入場すること自体に生きがいを感じ、「応援馬券」を購入するオールドファンも多く、近年は1日800人ほどが通っていた。大半は年金生活者で、競馬場を「宅老所」などと呼び、場内でのウオーキングを兼ねて来場を楽しみにしていた。オグリキャップや安藤勝己さんがいた頃から、笠松競馬を長年支えてきた熱狂的なファンたちだが、家庭などでネット投票を利用しているのだろうか...。

 新型コロナウイルス感染防止のため、東海地区のトップジョッキーたちの他場遠征にも影響が出ている。5日の水沢・スプリングカップで、笠松から岩手に復帰したナーリーに佐藤友則騎手が騎乗予定だったが、遠征を自粛。6日には笠松に参戦予定(5戦)だった岡部誠騎手も騎乗を自粛した。

笠松デビューを果たした深沢騎手。1番人気馬に騎乗したが、レース取りやめとなり、がっかり

 感染拡大を受けて、騎手たちは「これまで甘く見ていた。騎乗できることはありがたいことだが、騎手や厩務員らから一人でも感染者が出たら、開催中止に追い込まれるのでは」と危機感を強めている。移動制限はじわじわと進み、笠松、名古屋間の騎手交流がほぼストップ。笠松で開催されてきたJRA交流戦も15日から取りやめになった。

 中央競馬では春のクラシック戦線の桜花賞、皐月賞も無観客で開催される。日本騎手クラブ会長を務める武豊騎手は「いまは大変な状況ですが、競馬を通じてテレビやラジオで多くの方に楽しんでもらえればと思って、全力で騎乗するだけです。勇気を与えられるレースができれば」と力強いメッセージ。スポーツ観戦が次々とできなくなる中、国民の娯楽の一つとして、「競馬の持つ力を信じて、継続させていきたい」という熱い思いを伝えた。

 笠松競馬の次回開催は14日から4日間。30日にはオグリキャップ記念もあるが、当面は無観客レースが続きそうだ。1日に笠松デビューを果たした深沢杏花騎手にとっては、厳しいスタートになった。初日から無観客で雨の中でのレース。2日目5Rでは、1番人気馬プラピルーン(牡4歳、井上孝彦厩舎)に騎乗したが、発走事故によるレース取りやめの不運。4日間で24戦して2着、3着が1回ずつだったが、まずは焦らずに騎乗してほしい。15日6Rでは、プラピルーンが出走予定。もう一度、深沢騎手が騎乗して、今度こそ先頭でゴールイン、初勝利を飾ってもらいたい。大変な状況が続いて逆風続きではあるが、こういった体験は深沢騎手を強くしていくに違いない。