天然鮎料理のキッチンカーを始めた櫻井誠さん。落ち鮎の季節を迎え、忙しい日々を送る=今月5日、羽島郡笠松町下新町、ききカフ恵

 跳ねる鮎が描かれた軽トラックが駐車場に入ってきた。荷台のコンテナの側面が開くと、こぢんまりした厨房(ちゅうぼう)が姿を現す。傍らにテントを立てて塩焼きや甘露煮を並べ、天然鮎専門の「カワセミキッチン」が店開きした。

 「おっきな鮎だねえ」「一夜干しはパリパリに焼くとうまいよ」。岐阜県羽島郡笠松町のカフェの駐車場を借りた毎週木曜の出店は、集まった近所の女性らと会話が弾む。

 

 今年7月、異色の鮎料理のキッチンカーを始めたのは、三重県出身の櫻井誠さん(57)=岐阜市=。もとは大阪市内の高級ホテルで腕を磨いたフレンチシェフで、20代の時は修業のためフランスに渡り、パリや南部の店を巡った。

 一番の目当ては三つ星の店「ジャマン」だった。故ジョエル・ロブション氏の天才的な盛り付けに憧れ、門前払いにめげず2カ月通い詰めた。最後は根負けして厨房に招き入れ、巨匠自ら一品を作ってくれたという。

 1995年の岐阜ルネッサンスホテル開業の際に請われたのが岐阜市に住んだきっかけ。独立して長良川近くにしゃれたレストランを開いた数年後、漁師の服部修さん(76)=同市=がコーヒーを飲みに訪れたのが転機になる。

 「こんな近くで鮎が捕れるのか」。持ってきてくれた鮎は自然そのものの味で、一気に魅せられた。本来の風味を壊さない漁師直伝の味付けに感嘆し、あらゆる味に染まる素材としてのシンプルさも無限の可能性を感じた。「かわさくら」の名で川魚料理を始め、フェラーリがあった車庫には、いつしか水槽が並んだ。

 「フランス料理というと華やかさが最初に頭に浮かぶけど、本物の華やかさは丁寧な仕事が作る」。鮎料理でも、下処理や調理にかける手間の積み重ねが、味の差になる。櫻井さんの中では、一貫しているのだ。

 コロナ禍を機に店は閉めたが、代わりにクラウドファンディングと支援者の援助でキッチンカーを手に入れた。子ども食堂の活動で知り合った岐阜大名誉教授の箕浦秀樹さん(78)=笠松町=も支える一人。「食べた人はみなリピーターになる。漁師さんとの連携がうま味を最大限に引き出している」と目を細める。

 子どもたちのもとに出向き、天然鮎のおいしさを伝えたいという櫻井さん。「三つ星を取るつもりでやっとる。見とれよ」。夢も一緒に走り出した。